ヤフーのタイトルであるが、そのとおりだと思う。

実は、昨年度、副会長をやっていた。基本は順番で、順番がくるまで20数年かかった。

そこは、仕方のないことであるが、やっていて意義も感じ、空しさも感じた。

空しさの一つは「集金装置」であること。

年会費の4割を各種団体が自治会に金の無心にくる。

福祉団体、防災協会、安全協会等。

ていのいい集金装置だ。安全協会など最近免許センターで金を巻きあげられないと思った

ら、こういう手で金を取得していたのか。

ふたつめは「クレーム受付」

落ち葉で迷惑しているとか、子供のボール遊びで窓ガラスにあたった、あるいはハクビシンが

でたとか、無人の家の草がぼうぼうだとか。

市役所とかがやるべきことの代行を無償でやっている。

では意義はなにかというと、会長は自治会は防災のためにあるとして

毎年、防災訓練をやっている。それぐらいかない。

ただ、自治会未加入者というよりは、自治会脱会者も災害の際は

不利益はないとは思えるが。

ケーブルテレビは面白い。

とにかく一挙放送なので、はまると土日は一日中みている。

また録画ができないので、逆にずっと見なければならない。

この前はまったのがこれ「ST赤と白の捜査ファイル」

キャストは下記のとおり

、2014年放送なので、8年たっている。

 全体的には現時点のテレビドラマに比べると、8年経過してかなりの人の出番が少なくなっ 

 ていると思う。

 林遣都ぐらいしか躍進しているとは思えない。

 そういう意味で恐ろしい世界だな。

 絶えず競争させられ、使い捨てられる。

 そういう意味で、綾瀬はるかなぞ恐ろしく凄い存在だなと思う。

 

 

 

 

 

そろそろ年賀状シーズン。ほぼ友人もいないが、年賀状は少なからずやり取りしている。

そして、11月、12月に喪中はがきがくる。

こちらも年をとっているが、それでも親の訃報もあるが.、当人がたまに混じってくる。

訃報の享年を知り、自分も決して若くないと知る。

特に、去年、今年と入院続きでそれでも父親の享年は突破できた。

父は死ぬ前杖をついていたが、まだまだそこは遠い。

でも今は病気になる→入院→大金がいる→しかたないから働く→病気になる

このサイクルの繰り返し。ある意味生きるために働いてるともいえるが

のんびりしたいなとか、旅にでたいなとも思うが。有給休暇は入院に食いつぶされてしまう。

ああ、いいことないのかな。

 

河野太郎がまたまたという感じ。本人は突破力とか自負しているが、馬鹿で無駄に権力をもっているだけと思う。判子にしても、何が変わったのか、今一つわからない。パフォーマンスばっかり。しかしパフォーマンスには気を付けねばならない。

日本をかくもというか、日本国民の大多数をかくもボロボロにした小泉純一郎に騙されたことは死ぬまで忘れない。

 マイナンバーは反対といえば反対であるが、プライバシー保護の観点から反対しているわけではない。メリットがわからないのに手続きがめんどくさいだけである。手続きするのに。休暇

を取るのはいやだ。

何しろ、戸籍があり、住民票があるのになんのためのマイナンバーか。

消費税を上げまくっているくせに、財務省が還付金などよこす気などないだろう。

よって、銀行口座のひもづけなど何の意味があるのだ。

韓国にすら平均給与を追い抜かれ、対バース(タイ通貨)に対しても円安。

この国はどこへ向かうのか。

本当の救世主よ、現れてくれ。

猪木が死んだ。しかもボロボロで。病いというものは、人を変えていまう。

悪魔の所業のように人の精気を吸い取ってしまう。

こんなにボロボロになってしまうのか。

円楽さんも同じ、ぼろぼろだ。

生きていくことは、恐ろしい冒険みたいなものだ。

ある日、突然 事故のように病にかかり、今までできていたことができなくなってしまう。

自分も趣味が運動なのに、ある日当然病にかかり、運動ができなくなってしまう。

まあそこには、J芦谷というポンコツ医師も介在するわけであるが。

思えば、50年近く前に、タイガージェットシンや上田馬之助、ストロング小林や坂口征二、そして猪木のプロレスをよく見ていた。今、誰が生きているんだろう。

 

太田光は一連の統一教会パッシングに対して、否を唱えている。

もちろん今まで沈黙を守っていたマスコミもなんだかなとも思うが、我々は何かないと

何も変われないのだ。

例えば、台風でブロック塀の下敷きになった少女の死をもって、ブロック塀の強度調査を始めたり、

知床に事故で国土交通省の検査を見直したり。今は幼稚園児バス閉じ込め死亡で、また見直しをしようとしている。

事故や死亡なくして、我々は何も変われない。

 

すべては江戸時代から続く、官僚の前例主義によるものなのだ。

変わるチャンスというのはそういう意味で少ないのだ。そのチャンスをしたり顔で否定する

太田光は馬鹿以外のなにものでもない。

 

今週もアドベンチャー魂を見た。またも、植村直己賞受賞者の登場。女性冒険家で、ネパールとかによくいっている人。

とにかくこの番組は、植村直己賞をもらった人ばかり登場する。

植村直己はすごい。植村直己の生きていた時代はまだ今よりは貧しい。冒険家はブルジョワのやるものだった。かってのオリンピックがブルジョアの独占だったように。金と時間のある奴らの独占だった。貧乏人は、冒険よりも生活第一だった。それに抗して冒険したのが植村直己だ。そしてその出身地が兵庫の但馬。

そして、但馬にはもう一人の英雄がいる。

加藤文太郎。彼もまた生活者でありながら、山に登った。

また、政治家の英雄 斉藤隆夫も但馬出身。不撓不屈。あの時代に軍部批判。ある意味、真の愛国者。

但馬は凄い。

但馬人の凄いと思うのは、むちゃくちゃ実力者なのに、セルフプロデュースが下手というところ。

たいして力もなく、綺麗ごとばかりでセルフプロデュースだけが得意な奴らが幅をきかせる現代においては、輝くレジェンドである。

最近BSTBSでやっているアドベンチャー魂をよくみている。

数回しかみてないのだが、人生の大半をアドベンチャーしている人ばかり。

なぜこんなことが可能なのか。逆になにを犠牲にしているのか。

知りたいことばかり。

しかし、彼らになれなかったのは、本当にそれを望んでいなかったに違いない。

田部井淳子のいう「やりたくてもできないという人は、ほんとうはやりたいわけではない」

である。

自分も山に登るが、有給を使って、3泊4日がいいところ。極めて断片的な山旅で、なおかつ

高所恐怖症なので危険な縦走ができず、ピークを下ってはまたピークという非効率な山を

やっている。

また昨年より健康を害し何もできないことが継続中。どうなることか。

ああ山に登りたい、

予想どおり防衛。危なくもなく、ある意味完璧。

わくわくしたかというとさほどしない。井岡一翔は井岡一翔。

井上尚弥と比較してはならない。もはや井上以外は闇と化してしまう。

光と闇。

解説の内藤大助もまた凡庸。

遥か昔はボクシングは5階級ぐらいしかなかったはずだ。

アマチュアで10階級弱。

プロはアマの1階級を二つに分けているので20階級。

そして認定団体が4つなので80。

4階級制覇だろうとインフレで価値は低いのだ。

そういう意味で。感動させてもらわねばならない。

KO勝ちでなくてもいいが、もっと死闘がみたい。のたうち回る輪島功一なるものを

みせてくれ。

昨日の昼、同僚が安倍晋三の重体を伝えてきた。昼からは仕事のかたわらネットを見つづける。そして死んだ。

自分の感想はひろゆき氏に近い。

勝手に引用すると次のとおり。

 

ひろゆき氏

社会に疎外されたと感じる日本人の多くは自殺を選んできたけど、他殺を選ぶ人が増えるという悪い予想が当たってしまってる昨今。そろそろ、蔑(ないがし)ろにされた人々に向き合うべきかと

 

思い浮かべたのは2.26事件や、昭和維新の歌だ。

時代はより閉塞し、まるで世紀末だ。

民主主義の敵だとか叫ばれているが。

この犯人山上徹也も今まで現れてきた小田急線事件の対馬悠介や京王線事件の服部恭太の延長線に過ぎないのではないか?

工場勤務でもないのに(現時点では職業不明。3年間務めた海自隊員という情報しかない。自衛官は銃は普通に撃つことはできるが、銃の製造までは教わらない)自室で拳銃や弾丸は作れるものなのか。こんな奴が日本中に少なからず潜んでいるのではないのか。いつかの決起を隠して、世を忍ぶ仮の姿で。

 

ただSPだけは許せない。2発も撃たせて。全員配置換えだ。こういう非常事態のために

存在するのに。こいつらもぬるま湯疲れのポンコツどもか。