太田光は一連の統一教会パッシングに対して、否を唱えている。

もちろん今まで沈黙を守っていたマスコミもなんだかなとも思うが、我々は何かないと

何も変われないのだ。

例えば、台風でブロック塀の下敷きになった少女の死をもって、ブロック塀の強度調査を始めたり、

知床に事故で国土交通省の検査を見直したり。今は幼稚園児バス閉じ込め死亡で、また見直しをしようとしている。

事故や死亡なくして、我々は何も変われない。

 

すべては江戸時代から続く、官僚の前例主義によるものなのだ。

変わるチャンスというのはそういう意味で少ないのだ。そのチャンスをしたり顔で否定する

太田光は馬鹿以外のなにものでもない。