とにかく量が多い。ほかのフロアの大多数が09:00~18:00の時間を過ごすに対して、人より早く出勤し、遅く帰宅する。馬鹿みたい。嘱託だから残業手当もなければ、ボーナスもない。本当に馬鹿みたい。この原因は頭の狂った部長にあるわけだが、役員だし手のだしようがない。自分ぐらいだろう。部長から声をかけられず無視されているのは。まあこちらも無視しているのだが。ほぼ金を使わないので、金を得る目的もさほどないのでより悩ましい。年金受給までがんばるか。あと少しだし。
先週のマラソンをまだ引きずっている。いい意味で。本当に走ってよかったと思う。それは高揚感を感じることができたから。日常のどうでもいいことというかそのストレスから解放されたこと。自分の力を確認できたこと。職場ではどうしようもない人間が力をもち、本当に苦しい。
そこを生き抜けるのは、たぶん可能とは思う。
でもおもしろさは感じられない。
では、なにが面白さなのかというと高揚感を得ること。
よって自分にとっては、マラソンを走ったり、登山をしたりとなる。
リア充では決してなく、ソロ充で生きるしかない。
結局、板橋シティマラソン走る。本当に微妙な結果に終わる。4時間52分。最後はほぼ抜かれぱなし。30キロまでは1時間10キロくらい。30キロから全く足が動かないというか、膝が痛む。歩きはしないが、早歩きよりは遅い走り。キロ8分から10分。本当に苦しかった。練習ほぼしていないのに30キロまでの快走が不思議。でも30キロまでもベストと比べると、足が非常に重く感じた。
今回は練習不足は間違いないが、年を取ったのも事実。しかし70代でも3時間そこそこで走っている人がいるとなるとなんともいえない。
来年はどうしよう。2度とやりたくない気もあるし、再チャレンジの気もある。
板橋マラソンまであと6日。走ることを決める。土日で42キロ走れた。これで、なんとか行けそうな感触を持つ。ネットで検索すると、走るのが嫌いだけど、大会に参加するのが好きな人が少なからずいることが、判明。これでは東京マラソン落選するはず。とにかく、少なからずマラソンのノウハウを持っている。それを駆使して頑張りたい。
結局、この女は自分のことは嫌いだけど、利用すべき時はうまく利用していたにすぎない。もともとこの女だけでなく、人から頼まれるといろんなことを簡単に引き受けてしまうのだが。また、昔からもてたこともないし、これを気づくのに何年もかかるとは。本当に人を見る目がないとしかいえない。あと5年顔を合わせるのも苦痛だと思う。生きているのはいやなことばかりだな。ラフォルグがいった,「頭の馬鹿な女だけが幸せに生きることができる」というのは真実に違いない。
1月末の肉離れの影響で久々に走る。19日の板橋シティマラソンはどうなるのか?ほぼ練習しなくても6時間くらいなら可能かも?本当に悩ましい。走るべきかどうか?でも久しぶりに走って非常に気持ちがよかった。来週30キロ走ができれば参加するか?やっぱり走ることが自分のアイデンティティと思う。女と酒を飲むことではなく。
懇意にしていた女性から突然言われる。「嫌われている自覚はないのか」
しかしわかっている。LINEにはレスはないし。でも話しかけられればやはり
嫌われているとは思わな いのではないか?
女は恐ろしい生物だ。取説がほしい。この馬鹿女が転ぶことを祈る。
人間嫌いの自分に近づく奴は「トロイの木馬」に過ぎない。
3/19に板橋シティマラソンにエントリーしているのだが、ほぼ走っていない。勝手に足の裏が痛み、そして今度はふくらはぎの肉離れ。あと一カ月。どうなるか。もうやめようという気の方が大きいが、ゼロからやってどれくらいできるのか挑戦したい気持ちもある。6時間切ればいいのかなとも思う。
まだ部長のまぬけな嫌がらせが続く。明日反撃でもしようかなと思って、考えていた。ここで蛭子能収の本に対面する。「蛭子能収のゆるゆる人生相談」である。そこに嫌な上司に対しての相談があるのだが、「お金もらえるなら我慢しろ」とある。全編にわたりある角度からみると、いい加減で、まじめに生きることが馬鹿馬鹿しくなる内容だ。でもよく考えてみると、そのまた前に読んだ「バカボンのパパと読む老子」にも似ている。
そういう意味で本当に頑張るのに疲れてきたなとは思う。
旅にでたい。山に登りたい。でも土日はひたすら眠って何もやる気が起こらない。