「兄上、この狼を覚えていますか?」
菊之介が指さしながら、狼と走って来た。
「ほら、この狼」
覚えていますか、と言われて大悟はうろたえた。狼などに知り合いはいない。
「兄上、狼に知り合いはいない、と思ったでしょう」
「え、何を言ってるんだ」
「わたしも、同じことを思ったのです」
菊之介は面白そうに笑うと
「一年くらい前、サライに行く途中に助けた狼の親子があったでしょう。兄上が殺そうとした……」
大悟もぼんやりと思い出してきた。
「あの時の……結局助けたではないか。では子供だった狼か。母狼は……」
菊之介は首を振った。
「そうか、そうであろうな。だがよく親もなく生きながらえたもんだ」
大悟は膝をつき、狼を改めて見た。見えない右目にふれると、大悟は後ろを向いた。
「よし、久々の再会だ。お互いよう生きてこられたものだ。今夜は語り合おうぞ」
そう言っている大悟の肩が震えているのを、菊之介は見逃さなかった。
狼がひと声鳴くと、他の狼らが数頭現れた。
彼らの口にはそれぞれ獲物がくわえられており、近づいてくると菊之介と大悟の前にどさりと落とした。
それは山鳥三羽、うさぎ二羽だった。
そしてそれらは、大悟が子狼と母狼に与えたものと数が一致していた。
「これはあの時の。礼のつもりか」
大悟の声が上ずっている。
狼がひと声鳴くと、他の狼らはすーっと消えていった。
大悟は鼻をすすりながら、
「ありがたい。遠慮なくいただくぞ」
と、獲物に手をやると早速捌いて火の中に入れて焼き始めた。
菊之介も火にあたりながら、大悟を手伝うと、みるみるうちに肉が焼きあがった。
「おまえも食え」
大悟は狼に、まだ生肉のものを放った。
狼は嬉しそうに肉をほおばった。
菊之介もその様子を見ながら、大悟と二人、狼を囲んで食べ始めた。
言葉は通じなくても、心がひとつになれば、喜びは伝わってくるのだった。
続く
ありがとうございましたm(__)m
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そして、またどこかの時代で