あと5km。されど5km。
このレース、全ての距離部門に共通して待ち受ける、最後の上り坂。
モンスターと呼ぶ人がいる。ラスボスと呼ぶ人がいる。
坂ではなく「壁」と呼ぶ人もいる。
しかし、3kmに渡るこの最後の坂を克服しない限り、富士北麓公園のゴールにはたどり着けない。
・・・なんとか気持ちで走ってきたが、ここで脚が止まってしまう。
昨年もそうだった。ここを走りきれなかった。
今年だとなおさら、傾斜がきつく見える。
歩くペースも、周りより遅い。普段は街中でもスタスタ早歩きの私なのに、歩くことすらままならなくなってきている。
キロ10分以上かかっている。まだ貯金は十分あるが、先が長い。険しい。
雨も強くなり、身体が冷える。左脚は痛みからしびれに変わってきた。両膝もかなり痛む。
さらに雨で、ウエアでこすれた皮膚の痛みも沁みて感じるようになる。肩、胸、太もものつけ根もおそらく内出血しているだろう。
それでも一歩一歩、いくしかない。少しずつでもゴールに近づいている。
ゴールすれば、全ての痛みから解放されるのだから。
この雨の中、沿道で応援してくれる人もたくさんいた。本当にありがたかった。
「あと2.5kmです!!」
声が聞こえた。ということは、あと500mで上りが終わる。
もう傾斜に抵抗できる体力も気力もなかった。
とにかく歩くのみ。あと少し。あと少し。いちばん厳しく、つらく、孤独を感じる時間だった。
でも、いつか終わりはやってくる。
遠くに看板が見えた。
「FINISHまで あと2km」
道がフラットになり、先を見れば下りに変わっている。
もう苦しめるものはない。あとは力を抜いて、しっかり足を地に着けて走るだけ。
路面には大きな水溜りもあった。1つ踏むだけでもシューズに水がたくさん入ってきたが、もう少しの辛抱だ。
残り1km。
去年と同じく、少しずつ声援が大きくなる。
ようやく、いよいよ、富士北麓公園の中へ。
・・・スタートからのことを、いろいろと思い出す。
早朝の山中湖を走っている時、とても今の自分を想像することはできなかった。
それでもコツコツと距離を積み重ねて、帰ってこれた。
100kmという距離を、あと少しで完走しようとしている自分がいる。
「ラストです!」
「あとちょっと!」
「お疲れさま!」
「お帰りなさい!」
たくさんの声が飛んできた。
場内のアナウンスでも、自分の名前が呼ばれた。
・・・今日も、サングラスの下で泣いた。
・・・今日は泣いてもいいや。それぐらいのことをやってきたんだから。
100km通過。
チャレンジ富士五湖・100kmの部の走行距離は 「100.2km」である。
あと200m。
もう大丈夫。感慨に耽りながら、達成感を思い切り噛みしめて、最後の直線。
思えば去年は、団子状態の中をゴールしたので
フィニッシュテープを切ることができなかった。
今年は・・・
「大願成就」
約7年走ってきて、
はじめてフィニッシュテープを切る経験ができた。
12時間59分29秒。
1時間と31秒の貯金を残し、100.2km完走。
「俺はやった やってやった やったよ」
今日1日の疲れが、しばし吹き飛ぶ達成感。
すべてはこの瞬間のため。
楽しんで走ろうと思ったけれど、楽しくもなんともなかった。
でも、走り終えた後に、最高の楽しみが待っていた。
背中にはタオル。胸には完走メダル。
ゴールで待っていてくれた、嫁のもとへ・・・
・・・その途中、背中のタオルを地面に落とす。(去年も同じタイミングで落とした)
やった・・・やった・・・・・
泣きながら、しばらく「やった」しか言えなかった。
・・・しばらく「やった」を連呼した後、嫁に言ったのは
「今日の晩ごはん、ホットコーヒーとアイスでいい」
↑自分でもなぜこんなことを言ったのかよく分からない。
たしかに、胃はかなり痛めつけられていた。
ゴール後の豚汁も辞退(自分がもらって嫁が食す)したほどで、
間違っても「腹減った」などという感覚は微塵もなく、とにかく冷えた身体をどうにかしたい一心だった。
会場内のエイドでホットコーヒー(ミルク・砂糖多め)を飲み、
雨の降りしきる会場を後にする。
その後の記憶は断片的だが、
嫁が運転する車の中で熟睡していたのと、途中立ち寄ったSAのトイレで身体の震えが止まらなかったのと、晩ごはんがアイスに近い抹茶プリンだったことが主なハイライトだったか。
100kmという距離を走った後の、達成感と解放感。
今回の、何よりの収穫と自信だった。
・・・しかし、月曜日も仕事である。
余韻に浸る間もなく、帰宅後お風呂を経由し、すぐさま布団に入ったのであった。
月曜日は満足に自力で立ち上がれない中、それでも出勤。
火曜日はまだ手すりなしでは階段を登れない。
水曜日はようやく普通のフォームで歩くことができて、
木曜日は青信号が点滅している横断歩道を思わず走った。
金曜日、次のウルトラをどこで走ろうか、考え始めた。
これがいわゆる「中毒」というやつなのだろうか。