この世では

長い長い人間の歴史の中

その時その時

いろんな人が

いろんなことを言う


賢人 思想家 宗教家 教祖 学者 詩人 哲学者 預言者 占星術師 科学者 建築家

芸術家 研究家 他 


あらゆる分野で、極めた人達 そして伝説 


誰が言ったかわからぬ言い伝え 古の智恵


何が本当かなんて…


全て、どれもこれも、自分の体験さえも


ある一人の、夢にすぎないのだと思う。


その人はそう感じた。その人はそう思った。

それだけ。


誰かに共感した

たくさんの人がたまたま共感した

だけにすぎない


どこまでいったって

誰だって


何かの 大いなる何かの ひとつの世界の


ひとつの窓口にすぎない。


あなたという窓口 あなたという切り口


あなたという描き方


あなたという絵の具


みんな自由


くっついても反発しても何しても


ただあなたがひとつの表現としてそう感じただけ


だから


うそもほんともないんだろう



私に 永い年月にわたり いろいろな影響を与えてきた I.A.先生が、この春に亡くなったと聞いた。


今朝それを母から聞いて、心が麻痺して

だんだん、今、夜になるにつれ、落ち込んでいる。


A先生の周りの人達は、「亡くなる」という言い方をしないというか概念を持たないからか、変に騒ぎになるのを防ぎたいのか、公にしていない、もしくは敢えていつも通り平穏に過ごすことにしているようだが(会員?である私の母には伝わってきたのだから、仲間内では少しずつ公になっているのかもしれない、詳しくは聞いていない)朝聞いて、夜になった今、私はじわじわと、落ち込んでいる。肝が未熟といえばそれまでだけど、先生ともう会えない、お話しできないのは、やはり悲しいし寂しい。もう一度お会いしたかったな。


肉体を離れただけで、その本質はまた新しい環境で与えられた役割をし始めている、と信じれば、たまたま今そばに居ないだけで、どこかで元気に生きているのと変わらないのだから、別に寂しくは感じないのかもしれない。


でも、会いたいと思えば連絡とれば会えるのと、もう二度と会えないし話もできない、先生これどう思います?なんてやり取りもできない、そんな機会は逆立ちしても二度と巡っては来ない…っと思ってしまうと、とてつもない後悔、胸をえぐられるような寂しさが、沸き上がってきてしまう。


大丈夫。考えない。また会えるさ。


そういうことにしておく ことが

心乱されることなく、自分をコントロールして上手に生きるコツ、なんだろうな。


先生、所長、ありがとうございました。

とても楽しかったです。

とても勉強になります。

今でも、噛み締め、考えています、先生の言葉。忘れません。

またいつかどこかでお会いできる日を、楽しみにしています。ほんとうに。

あの日、皆で観じ合ったこと、あの時はピンときてませんでしたが、いつかほんとうになるのかもしれませんね。その前に、みんな一度、この世ではお別れしなければなりませんでしたね。その過程を忘れていました。皆、だんだん、ひとりずつ、やはり、今は、いましばしは、寂しいです。でも、ずっと一緒ですね。思い出たくさん。ありがとう。また会えますね。楽しみにしています。その日まで、今は、さようなら。