「俺さ、ここで始まりにしようと思うんだ」
その人は、廃墟となった高い高い建物の屋上で、あたしに背を向けたまま楽しそうに呟いた。
――――――――――――――――
嘘と真の位置が逆、と言えばいいのか。
普通なら嘘は言っていけない、または言わない方がいい。
けれど、ここでは真を言ってはいけない。
真を言ってたらどうなるか。有無を言わさずに『殺される』。一瞬で、すっと。
実際、あたしも死に欠けたし、街で死んだ人も見た。
直視していないから死因は分からないけど、大量の血を見た。
だから、死にたくなければ嘘を吐いて、同じように嘘を吐く相手の言葉を反転させないといけない。ここは、そういう世界なんだ。
いつの間にかこの世界に連れてこられた。
正直、今すぐにでも死んでしまいたい。
嘘を吐くのに疲れた。
嘘を吐くのが、苦しい。
一つ一つの言葉を疑いすぎて、嘘をうまく反転できない。
他人の言葉が理解できない。
他人の嘘を聞きたくない。
だけど死にたくない。違う、死ねない。
いろいろ原因はあるけど、一番は死ぬが怖いから。
「……っ、」
疲れた。
言いたいけれど、真のことだから、言葉を吐きだし終わった瞬間に死ぬ。それだけは、イヤだ。
はぁ、と溜め息を吐いて、視線を天井から外し、ベットから起き上がる。
あたしが勝手に過ごしているこの空き部屋、もとい空き小屋はテーブル、カーペット、ベットしかないけれど、生活するには十分だ。
――喉、乾いたな――
近くに井戸があるから、そこで水を飲もうと思い、ベットの下に投げ出した靴を履く。
それから、唯一の外へつながるドアを開いて、片足を踏み出す。
ぐしゃっ。
「……ぐしゃっ?」
先刻前まで振っていた雨で濡れた泥に似ていて、違う感覚に、踏み出した片足を見下ろす。
地面と靴――青色のシューズ――の間に、黒と白で何か描かれた紙がぐしゃぐしゃになって挟まってる。
足を除けて、しゃがんで、紙に付いた汚れを取ってから、拾う。……地図みたいだ。
建物を示す四角に、通りや道を示す線。その中に二つ、白でも黒でもない色がある。
一つは青。一つの四角――建物にぽつ、と小さな点が打ってある。
もう一つは赤。さっき踏んでしまった部分に描かれていた大きめの建物を囲うように丸が描いてある。
けど、どっちが上か下か、よく分からない。どうしよう。
何かないか、と紙を見ると、右手で握っていた部分に、四角でもただの線でもない、文字が書いてあることに気付いた。
紙の向きを変えて、この世界の共通語で書かれた文字を読む。
『青色が現在地。丸で囲った建物まで来て欲しい ――クローディア』
「……イクス」
声に出ていた。
クローディア、というのは、まぁハッキリ言うと……、好きな人で恋人で大切な人。
このことを寮や他の世界の人に言うと、大抵爆ぜろと言われる。
腕くらいならいいけど、嫌だなぁ、なんて思う。むしろそっちが先に死んで下さい、とも思う。
……もう一度、文字を見る。
正直な話、クローディア……いや、イクスの文字なんて見たことが無い。
あったとしても、他人の文字か本人の文字かなんて見分けがつかない。
誰かがあたしを罠に掛けようとしているのかもしれない、と疑った。
何しろここは嘘を吐かないといけない世界。
紙に書いてあるのは嘘で、本当は『ここには絶対来るな』ということだと思う。
言うとおりに行ったら罠にはまるかもしれない。最終的には殺されるかもしれない。
そんな考えが、頭を過る。でも、
「……行かなきゃ」
何となく、そう何となく呟いた。
地図に書かれた文字通りに動くのが怖くない、と吐き出しても、嘘だから殺されることはない。
じゃあ何で、赤い丸で囲まれた場所に行くのか。殺されるかもしれないのに。
理由を探して、確かな理由を見つける。
それは、『イクスに逢いたい』という、案外単純な、本人にはとても言えない願いだった。
――――――――――――――――
もしかしたら、俗に言う『方向音痴』に当てはまるのかもしれない。
青い点――現在あたしが暮らしている空き小屋――から、赤い丸の建物の距離は、地図で見る限り近かった。
だけど、やっとそれらしい建物を見つけたときには、太陽が空の頂点を少し通り過ぎていた。時間で言うと……二時くらい。
小屋を出たのが十一時過ぎくらいだったから、約三時間程掛かってる。
それで着いた場所が、小屋からまっすぐ行けば10分と掛からない場所にあったのに気付いたのはついさっきのことだ。
さて、と、建物を見上げる。
そこはやっぱり廃墟で、高さはよく分からないけど、九、十階くらいはある。何だっけ……廃ビル、っていうんだっけ?あんまり覚えてない。
入り口は……開いてる。『おいで』って言うように、薄っぺらいドアが、ギイッ……と音を立てて、開いたり閉じたりを繰り返す。
――怖いけど……、行かないと――
ここに来た理由――イクスに逢いたい――を確認して、廃ビルの中へ。
中はただ広い、コンクリート(という素材?)で出来た空間が広がっていた。
見たことが無い工具がいくつか転がっていて、少し埃っぽいこと以外は何もない。
……いや、この空間の中央に、階段がある。上へ行く階段。
気のせいか、階段だけ明るい。入り口のドアと同じく、『おいで』って言っているみたいだ。
一歩、二歩、と足を動かす。怖いけど、それでも前へ。
階段を上る。
螺旋みたいな階段で、ぐるぐる回りながら二階、三階は通り過ぎる。単純に、一階と似た風景で、イクスがいないから調べる気がない。
四階、五階、六階と通り過ぎていく。同じ風景が続く。
八階、九階、十階と通り過ぎていく。誰もいない。あたしの足音と息をする音しかしない。
十一階。また同じ空間で、誰もいないのかと思ったら違う。
壁が無い。天井がない。だけど、床と空は存在している。つまり、屋上だ。
視線を床から上げると、誰かの背中。
元いた世界では見たことがない、他の世界では普通らしい、どこか色褪せた赤と黒の不思議な服。そして、昏い茶髪。
多分、間違いない。
「イクス?」
「………違う」
背を向けたまま、その人は否定する。
一瞬、人違いかと思って、思い出す。ここは嘘を吐かないといけない世界で、真をいうと殺されることを。
つまり、今言われたのは否定じゃなくて肯定。
この人は、紛れもなく、イクス。
よかった。やっと会えた。
そう、言いたいけど、言える筈もなく。
「……ごめんね、悲しい」
「俺は違う」
ありがとう、嬉しい。
俺もだ。
こんな世界じゃなければ、きっとこんな会話なんだと思う。
けれど、この世界では、意味の分からない言葉になってしまう。
……あぁ、なんだろ。よく分からない感情が溢れそうになって、慌てて噛み殺す。
イクスはまだ、あたしに背を向けたままだった。
「あ、あのさ、……地図と、メッセージ書いたの、イクス……じゃないよね」
「俺は書いていない」
あたしの方を見てくれないのが不安で、地図のことを尋ねる。
イクスはただ肯定するだけで、振り返ってはくれない。
ちゃんとイクスに逢えたのは嬉しいのだけれど、いつもと違う雰囲気が、何かが起こりそうで、怖い。
いつの間にか震える声で、聞く。
「どうして、あたしをここに呼んでいないの……?」
……言ってから、どのくらい経ったんだろう。ほんの数秒かもしれないし、数分経ったのかもしれない。
あたしがイクスに問いかけた途端、時間の感覚が麻痺してしまうほどの緊張感に襲われる。
それは、あたしが言葉を発したときから、イクスが纏う雰囲気を、ぞっとするくらい冷たいモノになったから。
何度か息をしようとしたけど、吸っているようで吸えていない錯覚すらする。
「……俺さ」
そしてイクスは緊張で重くなった沈黙を止め、振り向かないまま、言ったんだ。
「俺さ、ここで始まりにしようと思うんだ」
冷たい雰囲気で、でも楽しそうにイクスは言う。
異常だ、と直感してしまう。いつもと本当に違う。
だって、今の言葉を反転させると、「これで終わりにしようと思うんだ」って言っていることになるから。
「な、何を言って、いないの……?」
「そのままじゃないさ。……楽しいんだ、この世界が」
「え……?」
初めて、イクスが振り向いた。
冷たい雰囲気なのに、昏い茶色の目や表情は、疲れ切ったような、困ったような、見下すような、夢を見ているような。
ごちゃごちゃになって、曖昧になった笑みを浮かべる。
「死なない程度だが、それでも中々愉しい。だが、俺に許容量ってもんはない。この最高な世界に丁度いいんだよ」
「………えと」
イクスの言葉を理解しようと必死になる。
わかんない。言葉を反転させてもさせなくても、意味が理解できなくて、何も言えなくなった。
言い返さないと、って思うのに、言葉が出てこない。
「なぁ、ルライト」
イクスは言う。
誰もが気付く生き方なんて、少ないんだよ。って。
「ど、どういう……?」
「別に。それだけだ」
にやっ、と口角を吊り上げて、再びイクスはあたしに背を向け、一歩ずつあたしから離れていく。
茫然として見ていると、イクスは屋上の縁の上に足を掛けていた。
……え?
「ま、まって!」
「………何が」
訳が分からなくなって、声を上げる。
何が、って言われても明らかに危ない。
――だって、あと一歩踏み出したら、落ちて死んじゃう――
ここまで思考が廻って、はっとする。
さっきまで、イクスが言っていた言葉の意味を、理解してしまう。
間違っていてほしいけど、あぁでも、屋上の縁に足を掛けているんだから、正しいんだろうな。
――イクス、ここで死ぬ気だ――
「……止めなくていい」
引き留めるために駆け出そうとした途端、そんなことをイクスが言う。
その通りに走ろうとしたけど、止める。これは嘘だ。
止めろ、とイクスは言っている。
「有益なんだよ、お前の行動は」
イクスが、縁の上であたしの方を振り向く。
さっきまでとは違う、はっきりとした穏やかな笑みだった。
けど……、壊れてるように見えてしまった。
廻って廻って廻って擦り減ってしまった、歯車みたいな。
そんな風に見えてしまった。
……やっぱり、あたしは、
「……じゃあな」
そしてイクスは、あたしの方を向いたまま、軽い調子で後ろの――何もない空へ、飛んだ。
そしてあたしは、イクスが飛ぶ瞬間に、化け物と言われても仕方がない速さで、走った。
時間の流れが遅く感じられた。いや、あたしが正常な時間の感覚を置き去りにした。
「イクスッ!!」
すぐに屋上の縁まで来て、叫んで、飛ぶ。
え、と口を開いて、呆気にとられているイクスの片腕を掴んで、空中から屋上の方へ、投げ飛ばした。全力で。
投げられたイクスは、驚いたような表情を浮かべて、あたしから離れていく。これならちゃんと、屋上に足を付けることができると思う。
あたしはイクスの代わりに、落ちていく。当たり前のことだ。屋上から飛んだのだから。
「……ルライト!?」
イクスが、叫んだ。
多分、あたしがイクスの代わりに落ちていって、イクスは屋上の方に放り投げられたのに気付いたからだと思う。
本当に驚いているみたいで、目が大きく見開かれていた。
「何故だ!?」
また、叫ぶ。
だけどあたしは答えなかった。
代わりに、体の内にありあまる魔力を使って、イクスの心に直接届くように。
届くようにして、あたしの想いを魔力に乗せた。
嘘じゃない、想いを。
真の想いくらい伝えさせてよ、神様。
――あたしは、イクスが死ぬところなんて見たくない――
――イクスを失うことに耐えられないんだ――
――自分勝手かもしれない。だけど飛び降りようとしたイクスだって、同じだ――
――前にさ、この世界で『自分なんて嫌いだ』って言った気がする――
――それに、重ねて言うよ――
――『救い』を助けられないあたしなんて、『願い』なんて、大っ嫌い――
――だからイクス――
――さよなら――
想いを魔力に乗せ終えたあたしは、笑おうとした。
でも、ちゃんと笑えたかは分からないまま、イクスがどんな表情をしていたか確認できないまま。
落下。
落下。
落下。
落ちました。
視界が、アカ、ううん、クロ。
高いところから、重い物が落ちた音がした気がする。
頭と、体中が、あつ……
――――――――――――――――
目を開けると、目の前のほとんどが空の蒼色だった。
隅に、灰色の高い建物が見える。
――ここ、どこだろ――
視線を動かそうとしたけれど、上手く動かなかった。
同じように身体を動かそうとしたけど、指先が少し動いた感覚しかしない。というか、全身が重い。若干眠たい。
何かあった気がするけど……思い出せない。けど、空が綺麗だ。だったらそれでいいかも。
……ぽたっ、と何かが頬に落ちた。
続けて、つぅっと流れる感覚。まるで水みたいだ。雨……じゃないよね。こんなに綺麗に晴れてるんだから。
無理やり視線を動かすと、昏い茶髪の誰かが居る。思ったよりぼんやりして、表情がよく分からない。
でも、この人は、昏い茶色の瞳から涙を流している。何でだろ。
「… ……」
「 」
「 」
その人は何か言っている。ノイズみたいでよく聞こえない。
でも、苦しそうで、辛そうだった。
――なかないで――
そう、言ったつもりだった。
けれどあたしの喉で、ひゅう、と音が鳴るだけで、言葉にならなかった。
手を伸ばす。
手を動かせることに後から気付いたけれど――手を伸ばして、その人の頬に触れた。
温かい、冷たい、ううん、温度がよく分からない。
その人の涙が、頬に触れたあたしの手の上を流れる。
あたしの手に誰かが触れた。少しして、気付く。
――この人、イクスだ――
思い出す。
ここが嘘を吐かないと殺される世界だということを。
イクスが廃ビルの上から飛び降りて死のうとしたことを。
あたしがそれに耐えられなかったことを。
イクスを無理やり助けて、あたしが代わりに飛び降りたことを。
今、ここが廃ビルのすぐ傍の地面だっていうことを。
あたしは頭から大量に血を流して、転がっていることを。
思い出して、イクスを見る。
今、無表情で、イクスが、泣いている。
――どうして……?――
ひゅうひゅう、と音はするけど言葉は出ない。
そうだ、さっきまで聞こえていたノイズは、イクスの声だ。
――どうして、ないているの?――
何故?
何で悲しむの?
キミは強いのだから、あたしが死に欠けてるだけで、そんな顔して泣く必要なんてないのに。
イクスが無事でいるのなら、それでいいのに。
これじゃあまるで……あたしが傷つけて、苦しめているみたいじゃないか。
――ないているのは、あたしのせい……?――
「あぁ、最高なくらいに」
ノイズが声に、よく聞いた声に変わる。あぁ、イクスの声だ。掠れているけど。
……でも、最高……じゃなくて、最低って、何が? 何か違和感がする。
いや、それより、それよりも……
――なんで……?――
「……は?」
――なんで、わらってくれないの……?――
どうしてか、そんな疑問が浮かぶ。どうして思ったのか、まったく分からなかったけど。
――キミはいきているんだから、ねぇ、わらって……――
「……、」
笑って欲しかった。
生きている喜びに満ちた、あの疲れ切って壊れきったモノじゃない、笑顔が見たいのに、苦い顔で黙り込まれてしまった。
……ううん、違う。ぼそぼそって、何か言ってる。
泣いてるのに、掠れてるのに、何か変だ。
「……、 う」
――きこえない……――
「こっの……、馬鹿野郎が!!!」
きぃん、と耳が鳴る。
大声で叫ばれたんだと思う。ただでさえくらくらする頭が、もっとくらくらする。
「どうして分かるんだ、お前は!!!!」
――な、にが……――
心で尋ね返した矢先、体内からみしっ、と何か軋む音がした。
視線を上げると、イクスの頬に触れていた手が、鷲掴みにされてる。
みしみしみしみしっ。
軋む音が連続で響く。
「よくもそんなことが言えるな!!!」
バキボキバキャッ!!
いい音がしたのと同時に、イクスに鷲掴みにされた手の指が、骨が、曲がっちゃいけない方向へ、折れた。
多分、いや恐らく、イクスに折られたらしい。
痛くは無いけど、目の前に白い光が散った。
白い光が散ったあと、不意に視界がはっきりする。
イクスは、目を吊り上げて怒ってる。それでまた、怒鳴る。
「こんなこと……こんなことで笑えるか!?」
ボキッ。
また指の骨が折れた。痛くない。でも光が散る。
――どうして、おこってるの?――
ふと、再び浮かんだ疑問を心に浮かべる。
怒っている理由が理解できない。指を折られたのは別にいいとして、それだけは分からない。
イクスは、一回言葉をまとめるように大きく息を吐いて、吸って、また怒鳴る。
「お前のことが、嫌いだからに決まっているだろうが!!!」
嫌い。
言葉が刺さる、けど反転させると……好き?
あ、分かった。イクス、あたしのこと心配してるんだ。
でもわかんないや。
何で心配されてるのか。
どうせもうすぐ死ぬんだから、心配したってどうにもならないのに。
……え? まって、あたし死ぬの?
そうだ、よく考えたらそうじゃんか。
恐ろしいほどに思考が鈍っていたことを、やっと自覚する。
目をイクスから離して地面を見ると、これでもか、と言わんばかりの血溜り。
これだけ血を流したら、長くは生きていられないはずだ。
じゃああたし、もう死んじゃうの?
待って、待ってよ待って待って待って。
死にたいと思うさ、死にたいって少しは願う。
だけど今はまだ死にたくない。死にたくないよ。
やり残したこと一杯あるのに、まだ人を殺した罪を償い切れてないのに、アウアのこと心配なのに。
イクスだって、まだ笑ってくれてないのに。
「何で有益なことをしなかったんだよ!!! 他には無かっただろう!?」
イクスの怒号を聞きながら、愕然とする。
どうしてこんな大事なことに気付かなかったんだ、あたし。
決まってる。イクスを助けたいのに必死で、自分が落ちたらどうなるかなんて想像してなかった。
あと、血を流しすぎて、考えるときに使う分が足りなくなったんだ。
あぁ、イクスが泣いて、怒鳴っているのは――あたしが、死んじゃうから。
さっき、本人が言った通り、好きだからなのかな?
……場違いかもしれないけど、嬉しい、な。
「ルライト……? おい!? しっかりしろ!!」
反応が無くなったからか、イクスが声を荒げてあたしの体を揺する。
必死だ。普段見られないくらいに必死だ。
怒ってる顔から、また泣きそうな、傷付ききった顔になってる。あぁ、そんな顔しないで。
死ぬのは怖いけど、でも、キミが無事ならそれでいいのに。
寮の人に、『自分を大事にしないと、相手を悲しませることになる』って言われていたことを思い出す。
正直、あんまり信じてなかった――正しくは信じられなかった――けど。
イクスがこんなに必死で泣きそう、というか泣いてるこの状況が『そうだ』と物語ってる。
もっとちゃんと聞いておけばよかった、って思うのは後悔なのかなぁ……。
「お前も、俺たちを残して逝かないっていうのか!!!」
俺たち? あぁ、嘘か。この世界の法則に触れないように言ってるんだ。
「どうして俺を残して逝かないんだよ!!!」
どうして俺を残して逝くんだ。
あぁ、また泣いてる。地面や血溜りに、ぽたぽたと涙が落ちていく。
手を伸ばして触れたいけど、折られた片手は、もう使えない。
全く関係ないけれど、眠たい。
「何故、我らばかりがこんな目に逢わねばならない!!!」
イクスが、蒼い空を仰いで絶叫する。
「我らが一体何をしたというのだ!!!!」
我らってなんだろう。
誰に対して言ってるんだろう。
空? この世界? よくイクスが口にしているステラ、という人?
「フェイト!! 獲る喜びだけを押し付けるんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。
乾いた声で、ひたすら苦しそうに。泣いてる。
助けて、って聞こえた気がした。
――……イクス、――
ひゅう、と喉で風の音が鳴る。
それで気付いたのか、はっとしたようにイクスがこっちを見た。
――伝えたい――
思いをまとめて、なるべく早く、それでいて、心に届くように。
――あたしも、イクスのことが、――
そのときだった。
しゅーっと、あたしの身体から白い煙が上がったのは。
「……え?」
イクスが呆気にとられている。
そうだ、思い出した。というか忘れてたよ。
うん、大量出血って危ないんだね。思考が鈍くて鈍足で。
白い煙が上がっていると、段々身体の怠さがなくなる。
視界もはっきり。感覚もはっきり。音もはっきり。
折られた手は、時間を巻き戻したかのように元通りに。
血溜りはそのままだったけど、頭のくらくらする感覚はなくなる。
煙が無くなる頃には、身体はすっかり『元通り』になった。
「……えい」
軽くかけ声を掛けて、さっきまで力なく転がっていた腕に力を込め起き上がる。
呆気にとられていたイクスが呟いた。
「……これは、つまり?」
「………難しく死ぬみたいだよ、あたし」
――――――――――――――――
強制治癒の呪い。
正式名称はいろいろあった気がするけど、あたしは通弁的にそう呼んでる。
身体に、傷や損傷を負った場合、30分くらいの間であたしの魔力を食って『完全に治ってしまう』魔法が掛けられている。
あたしの意志では制御できない。ルナヴィアースに居る場合なら別だけど。
例外もあり、首が捥げたり魔力が無い場合は発動しないらしい。実際にその場面に遭遇したことはない。遭遇したくないけどさ。
とにかく、望むに望まないにしろ、あたしは『飛び降りたくらいで死なない』ようで。
『とりま、俺の涙を返せ』
『無茶言わないで下さい』
さっき飛び降りた廃ビルの中で、イクスと並んで座って、会話をしている。
でも、話している内容、もとい言葉は嘘じゃない。
嘘じゃなければ殺されるのに、それでもあたしたちは死ぬことなく、そのままの意味の言葉を使って会話をしている。
何故かというと、これは『筆談』だからだ。
イクス曰く、真のことを『言わなければ』いいらしい。つまり、紙に書く筆談なら、大丈夫だということ。もっと早く知りたかった。
『いや本当に返せ、水分無くて死ぬから』
『涙くらいで水分不足になるの?』
『知らん』
『魔法で水創ろうか? 攻撃魔法にしなきゃいいんだし』
ちゃんと飲めるよ? って書き加える。
するとイクスは一度あたしの方に呆れたような視線を向けて、『冗談じゃない、止めてくれ』と書く。
本気だったのに……、酷い。
『つか何で忘れてたし』
『ホント不思議だよ、うん』
あたしもイクスも、さっきまで強制治癒の呪いのことを忘れていた。
だからイクスは本気で誰か(今は怖くてとってもじゃないけど聞けない)を呪っていたし、あたしも死ぬと思った。
今回だけは、この呪いに感謝しないといけない。きっと今回きりだな。
『そうだイクス、聞きたいことがあるんだ』
『急にどうした』
『いや、何でさっきイクスがあたしの心読めたの?』
『は?』
『は? って何?』
『いやその通りだが』
そうだ、さっき(死に欠けていたとき)何でイクスがあたしの心に思い浮かんだことに反応したのか分からない。
だからそれを聞こうとする。
『だってさっき、あたし一言も話してないのに、イクスと普通に意志疎通?してたじゃないか。何で?』
『……気付かずにやってたのか?』
『何を?』
『お前、普通に魔力でテレパシー的な感じで話してだろうに』
『……うそ』
『本当だ』
どうやら、無意識に魔力に想いを乗せていたようです。
屋上から飛び降りたときみたいな感じで。
『……とりあえずさ、イクス』
『?』
『もう、飛び降りたりしないで。イクスはあたしみたいに身体が治る訳じゃないんだから』
『善良する』
『ふざけんな』
『冗談だ、さすがにお前の前ではやらない。つか言葉使い荒ぶってんぞ』
若干の怒りを込めて書くと、言葉使いが変だと言われた。
これ、イクスのを真似しただけなのに……。
『あたしがいないところでもしないで。もしやって死んだら、あたしもイクスの後を追って死んで、イクスみたいに説教してやる』
『お前、説教出来んのか?』
『多分できない』
『まてーい』
突っ込まれた。
って、話題逸らされてる。戻さないと……。
『とにかくお願いだよ、何かあったら言って。あと、死なないで』
『分かった分かった。そうだ、俺も言うぞ』
『うん』
『誰かを助けるための身代わりなんぞすんな』
『……それだけ?』
『あと、自分を大事にしろ。俺の寿命が終わる』
『善良します』
『ふざけろ』
『ごめんなさい』
イクスと同じことをすると、また同じような流れになる。
紙から視線を上げてイクスを見ると、目があって、くすっと吹き出してしまう。
なんだか、あまり平和なやり取りではないけど、嬉しい。
やっぱりあたしは、イクスのことが好きなんだって、今更ながらに再確認する。
『なぁイクス、やっぱりイクスのこと、大好きだ』
『そうか』
『……イクスは何か言ってくれないの?』
『言って欲しいのか?』
ちらっとイクスを見ると、何だろ、意味ありげな笑みを浮かべている。
……笑顔、とまではいかないけど、笑みが見れて嬉しい。
『ダメ?』
『言わなくったって分かるだろうに』
書いて、握っていたペンを置く。
ペンを置いて何をするのかなーとイクスを見ると、あたしの片手を掴んでる。
あ、まさか。
『折らないで!』
慌てて書き殴って紙を見せるけど、見てない。
で、何をされるのか(危険なことはしないと……思う、きっと)分からなくて、目を閉じる。
不意に、頬に痛みが走った。
驚いて目を開けると、イクスの顔が目の前にある。
ちょっと、と言うより先に、額にキスされた。
頬が熱くなる。イクスの顔が離れる。
ついでに頬が痛かったのは、イクスが頬を軽く抓ったから。
あたふたしているあたしに満足したのか、イクスは紙を見る。
「ちょっ、おま……!!」
大爆笑された。
お腹を抱えてケラケラと大爆笑してる。本当に。
で、一段落着いたところで、イクスは再びペンを握った。
『折らないって、さすがにやらねーよ』
『いやでも、さっき折られたし……』
『スマン。加減が効かなかった』
『うん、そうだと思った』
『……で、分かったか?』
『何を?』
『さっきの答えだ』
『あ、うん……。でも、強引だ』
『何なら一度するか?』
『勘弁して下さい』
何回もされたら、嬉しくて死にそうになるし……。
『あ、でも……』
『でも?』
『……頭、撫でて欲しい、かな』
書いてて、ものすごく恥ずかしいことを書いてるような錯覚がした。
いや錯覚じゃない、本当に恥ずかしい。
『お安い御用だ、お嬢さん』
でも、イクスも負けないくらいに、見ててこっちが恥ずかしくなるような言葉を書いて、頭を撫でてくれた。
『嬉しい』
『そうか』
『うん。 ねぇ』
『どうした』
『絶対に、元の世界に帰ろうね』
『そうだな』
イクスはそう書いて、また額にキスする。
せっかくいいことを書いた気がするのに、何だろ、悔しい。
負けたくないから、イクスの頬にキスしてみたら、顔を真っ赤にされました。
ちょっとだけ、勝った気分だ。
――今回だけは、喜劇らしいです――
・あとがき
クロルラの嘘世界シリーズ第3弾! 毎度の如く、ナっさんからクローディアさんをお借りしました。
いやぁ、るーちゃんの疑似不死身設定、まさかここで役立つとは思わなかった。便利だわ。
初めは悲劇全開だったけど、↑の設定のお蔭でまさかの喜劇。リア充ぱない。
やっぱり嘘世界は楽しいねうん。えっ、外道? 私は鬱担当だよJK(←