「どうして……?」
絶句するしかなかった。
研究所があったはずの場所が、焼け焦げて、破壊されて、炎が地を這いずるように踊り、瓦礫が崩れて。
今も昔も嗅ぎ慣れた悪臭がする、滅んでしまった研究所。
研究所が滅ぶのは別に構わない。あたしは、研究所なんて大嫌いだ。
努め、仕事に明け暮れていた研究員が肉塊と化して酸化していく血液を垂れ流すのも構わない。あたしは、研究員も大嫌いだ。
絶句していたのは、
「……お前か」
その――常人が見たら十中八九、地獄と答える場所の――中心地で、大切な人が血に染まっていたから。
イクスの足元には、人間だったケダモノの頭が転がってる。イクスはそれを、片足だけで踏み、ぬ、いた。
ケダモノの頭から溢れた脳が撒き散らされる、血が飛沫く。
血が、イクスの足をさらに紅く、染め上げていく。
それは、イクスが、この研究所を滅ぼしたんだと分からせるには十分すぎる行動だった。
寮の世界でイクスの様子がおかしくなって、そのまま居なくなった。もちろん、あたしを置いて。
思わず飛び出して、いつかの情報屋にイクスの行方を聞いた。
そして聞いた、悍ましいと同時に懐かしい名前を持つ研究所の場所。任務の内容。
聞いたあとは、飛び出すしかなかった。
「『どうして』……答える理由なんてねーよ」
俯くことすらせず、でもあたしに視線を合わせる訳でもなく、イクスは遠くを見据えて吐き捨てた。
おかしい。可笑しいくらいおかしい。
目が、紅と琥珀色。そんなはずないのに。寿命削りの神殺しの力、紅魔が、腐食能力と同時に発動なんてできないと思う。
手には、臓物がこびり付いた歪な形の剣を。
「な、んで……?」
「答える理由はない」
「任務、は……」
「答える理由はない」
「どうして……」
「答える理由は、ない。……しつ」
「……どうしてッ!?何で同じ事だけ繰り返すの!?」
おかしかった。何で、どうして?
「しつこいっつってんだ、お前」
パァン、と火薬が爆ぜる音がした。
同時に右目が、あつ、
「 っあがああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
痛い痛い痛い痛いッ!
たまらずあたしは地面に倒れ、のた打ち回る。知ってる、この痛みは知っている!!
あたしの右目が、銃弾で潰れる痛み!
「……即死はしないんだったな」
潰れた右目の場所を抑えてのたうちまわっていると、頭をイクスに蹴り飛ばされる。
残った左目で見上げると、イクスが、銃口から煙を噴く、拳銃を手に、見下していた。
「がはっ、あがぁぁぁぁ……っ、な、んで……!!!」
「理由も何もあるか。まだ銃弾がほしいのか?」
イクスが、再び銃口をこちらへ向ける。目は、二色のまま。冷静、いつも通り、そう、いつも通りに。
たまにイクスと同じ部屋の人へ冗談交じりに向ける殺意だけを撒き散らして。
咄嗟に、何とか手を着き、その場から離れる。あたしが転がっていた場所に、何発も連続して銃弾が捻じ込まれる。
「避けるな。めんどくさい」
「い、やだよ……!どうしちゃっ、あ」
銃声。
イクスが、本当に面倒くさそうに放った弾は、寸分の狂いもなくあたしの心臓を貫いた。
痛みを感じる暇は無かった。
痛みが来るよりも前に、体内の魔力が渦巻く。
そして、傷を――さっき潰れた左目を含め――強制的に直していく。傷口から少量の白い煙を上げながら。
「……化物が」
「え……?」
響いた声に、耳を疑った。
バケモノ?
イクスが、あたしに言ったのは、「バケモノ」?
流れた血を拭いながら、立ち上がる。
相変わらず、イクスはあたしを見下していた。
とにかく、イクスを止めたかった。
これ以上罪を重ねさせたくない。あたしみたいに、ずっと苦しんで欲しくない。
「イクス、どうしちゃったの!? お願いだよ、もう止めて!」
だから止めるために言葉を紡ぐ。
もう否定できない程、イクスはおかしい。
何時かみたいに、何かに取り憑かれているのかもしれない。誰かに干渉されてあたしみたいに暴走しているのかもしれない。
元に戻ってほしい。
言葉にするなら、これの他に何があったんだろう?
(あったのは、きっとわたしのエゴだけだよ)
「ねぇしっかりしてよ!」
「イクス、止めて。そんなにたくさん人殺しても、どうしようもない!」
「そんなにイクスが罪を背負う必要なんてないんだよ!?あたしだって背負える!!」
「イクス約束してくれたよね!苦しい事があったらあたしに言うって!あれは嘘だったの!?」
「イクス、答えてよ!」
叫んで、叫んで。
何分たったんだろう。
遠くを見つめ続けるイクスが、初めてあたしに目線を合わせた。
でも、その目には、今まで見たことが無い感情を宿していた。
「……………黙れ」
「イクス……?」
「黙れフェイトの子があああああああああああああああ!!!!」
キィン!
高い金属音が鳴る。
それは、切りかかってきたイクスの歪な剣を、あたしが召喚していた闇の剣『ダージュドゥリア』で防いだ音に過ぎなかった。
「イクスっ!?」
「死ね!!貴様らフェイトの子なんざ全て死んでしまえ!!!」
「っ……!」
何度も刀身にイクスの剣が降りそそぐ。一発、叩きつけられるだけで柄を握る手がしびれていく。
この力加減の無さは、イクスが本気であたしを殺そうとしていることを意味していた。
けれど、あたしの頭の中では、猛攻を防ぐのともう一つ、違うことを思考していた。
(フェイトの子? フェイトって、何? 母さんはアウカ、父さんはディルファっていう名前だ。フェイトじゃない。ナニカと勘違いしているの……?)
「っ、止めて!もうやめて!もうやめようよ!!」
「ほざくな。黙れ!」
叫んでもなお、イクスは攻撃を止めはしなかった。
時折、フェイントやらよく分からない角度からの攻撃に反応しきれずに斬られたりもした。が、強制修復の呪いで傷は癒えていく。
その度に、イクスにバケモノと言われた。
暴走している所為だと、思いたい。そうでもしないと、大切な人に何度もバケモノと呼ばれる痛みに耐えられなかった。
(もう、言葉は届かないと、分かってしまった)
剣の打ち合いはどんどん速さと強さを増していく。
あたしたちは、魔法の類を使わなかった。
イクスはどうかわからないけれど、あたしはイクスを余計に傷付けたくなかった。
時間がたつにつれ、あたしはもちろん、イクスにもどんどんあたしの手によって傷が出来、黒い血が流れ出していく。
(もう、止めるための術は、これしかない)
(傷つけ合って、完全に相手を止めるしか、ない)
どのくらいの時間がたっただろうか。
ザシュ。
剣の打ち合い、という均衡が崩れ去った。
イクスが打ち合っていたテンポを崩し、後退。
あたしが突然テンポを崩されたことを理解して反応するより前に。
刃に不気味な琥珀の光を宿らせ、イクスは勢い良く接近し、剣を振り上げた。
「あ」
この声は、あたしとイクス、どっちが出したモノだったか理解できなかった。
けれど理解できたのは、イクスの剣があたしの肩へ上段から突き刺さったのと。
咄嗟に突き出したあたしの剣が、イクスの心臓に突き刺さっていたことだった。
目の前に、黒い黒いイクスの血が舞う。飛沫く。弾ける。
止まった時間が進む時。
最期に見たイクスの目は、憎しみに塗れていた。
どうして。
問う前に、時は動き出してしまう。
「死んでしまえ」
進む時、あたしが手放した剣を胸に刺さしたまま倒れ逝くイクスは、あたしを見つめてそう言った。
信じたくない、信じたくない、信じない。
認めたくない、認めたくない、認めない。
あたしがイクスを殺して、イクスが死んでしまうなんて、そんなの有り得ない!
バキリ。
認識がゆがんだ。
たいせツナものガゆがンダ。
でもね、これでいいのかもしれない。
あたしの世界から、人間が消えた。色が消えた。
でもそれは一瞬の事。すぐ元に戻る。
そこは、寮の世界の森に存在する川岸。
川岸の近くに、探していた背中を見つけた
「……イクス!」
名を呼ぶと、『彼』はゆっくりと振り向いた。
そして、わたしに優しく微笑んでくれました。
「ねぇガイさん、本当にこのあたりなの……?」
「本当だって。多分どっちもいると思うけどなー」
鬱蒼と木々が生い茂る森の中を全速力で駆け抜ける影が2つ。
1人は少し長い黒髪に白い結晶のペンダントとワンピース、ジーンズが特徴的な少女、アウア。
もう一人は短く切られた黒髪に炎を思わせる赤い瞳、少々ほつれたマントに旅の恰好である青年、ガイ。
始めはアウアの姉であるルライトが、寮の世界に戻らなくなったことから始まる。
アウアはそれを不審がり、最後に目撃証言があった異世界の情報屋へ。
そこでガイと出会い、同じ時期にクローディアも任務から戻らなくなっていることを告げられ、同時にルライトはクローディアを探しに行ったことが発覚。
2人はそこで同じく行動することに決め、現在はルライトとクローディアが向かっていたらしい研究所へ走っている。
「……変なにおいがする」
「奇遇だな、俺もだ。……やべぇかもしれねーぞ?」
2名が発言すると同時に周囲の木々の風景が途切れる。
そこには、研究所の面影すらない、ただの死体と瓦礫の山と化している地獄があった。
「ひ、ひど…… っおぇぇ……!」
「アウアちゃん!?」
あたりに広がる濃い腐敗臭と血液、そしてそのグロテスクな光景に幼い彼女は耐えきれず、思わず地面に吐いてしまう。
一方の彼は特に気にすることはなかったが、それでも顔をしかめながら彼女の背を撫でていた。
「がふっ、ごぼ、おえぇぇぇ……」
「さすがに堪えるよなこれは……。陽炎、ちょっとまわり見てきてくれ」
「……了解しました」
さすがに、いくら他人とは言え吐き気に見舞われて動けないでいるアウアを置いていくことは出来ない。
彼は配下の影のうちの一匹、狼の形をした陽炎に周囲の探索を命じる。
「……僕もいきます」
同時に、彼等のすぐ傍らに無数の山吹色をした幻想の蝶が群がり、人型を形成した。
赤錆色の髪にあまり感情を感じさせない表情の彼は、ヴォロンテ。
彼はアウアが従えている使い魔である。
「アウア卿をお願いします」
「分かった。そっちも気をつけろよ、下手すると片方龍化してっかも」
「分かっていますご主人様。では」
そして彼等は、音すら立てずに姿を溶かした。
「落ち着いたか?ほら水」
「うぅ……ごめんなさい……」
それからしばらくたち、アウアもようやく吐くのを止めた。
周囲に慣れたことと、すでに彼女自身、吐くものが無くなっていたのが主な原因だろう。
どうでもいいが、謝るときの申し訳無さそうなその表情は姉によく似ていた。
「ご主人様……」
そんなところへ、行ったときと同じく音も立てずに陽炎とヴォロンテが戻ってくる。
が、傍目に見ても分かるほど、何かがおかしい。
「陽炎、何かあったのか?」
「それが……」
その様子を察し、ガイは言葉を促す。
「それがですね……。……オレの口からは、とても」
「僕もです……。申し訳ございません」
しかし、説明しようとする彼等の歯切れが悪い。
2人の背筋に、悪寒に近い危機感が走った。
「……歩けるかい?」
「大丈夫、アウアは走れるよ」
「頼もしいね。じゃあちょっと行こうか!」
「こっちです!」
彼等は陽炎が示す方角へ、再び地を蹴った。
先へ進むほど、死体は増え更なる悪臭が鼻腔に届く。
アウアはまた吐き気に襲われるが、足を止める訳にはいかない、と周囲をなるべく見ないように神経を集中させた。
「……ここです」
陽炎が示した先の光景に、2人は足を止めた。
そして両者は、言葉を失った。
「うん、それでノスフェラに怒られたんだ、ってちょっと、笑わないでよ」
ルライトが服を錆色と黒色に染め、地べたに座り込み楽しそうに、
「クロ……さん?」
胸に、黒い刀身が特徴的な剣が刺さっている、クローディアの死体と会話している姿を見て。
……いや、これを『会話』と呼んでいいのだろうか?
相手の言葉が返ってこないまま、話を続けることは、果たして会話なのだろうか?
だがしかし、ルライトは新たに訪れた2人に気付くことなく死体へ話しかけ続ける。
「むぅ……。でも、イクスだって優しいよ」
時折、頬を膨らませたり、少し微笑んだり、愁いを帯びた表情になる様は、生者と会話しているときに見せるモノと、全く違いが無かった。
けれど、彼女の目の前にいるのは、すでに死者となり果てた死体のみ。
「お、ねぇ……、ちゃん……」
絞り出すようなアウアの声に、ガイはハッとした表情をして、陽炎に尋ねた。
「クロさん……、ガチで死んでんの?」
「…………」
対して返ってきた答えは、無言の肯定。
それが、アウアを戦慄させた。
「お姉!お姉ちゃん!」
「うん、それでもイクスは優しいよ、ね? ……あははっ、相変わらずだなぁ」
震える足を何とか動かし、アウアは未だに言葉を紡ぎ続ける姉の肩を揺する。
しかし、彼女は反応すらせず、言葉を紡いだまま首が揺れるだけだった。
「お、おね…」
「……ん、アウア? どしたの?」
いや、反応した。
揺らすのを止めたアウアを見るように、ゆっくり、ゆっくりと首を回す。
「お、何だ正気は残って……、なっ!?」
が、再び彼らは戦慄することとなる。
「どうしたのアウア、寂しくなった?」
ルライトの片目は灰色に濁りきり、左の頬には『砕けた』紅の鎖の印が浮かび上がっていた。
それは、少し強がりでもあり、見えない所でよく泣いていた普段の姿を思わせないほどに、壊れきっていた。
「ルライト姉、一体なに、してるの……?」
「ん? 見ての通り、イクスと話してるんだよ? アウアも入る? ……ほら」
優しく、しかしどこか虚ろな笑顔でルライトは言うと、静かにアウアの手を引く。
すでに片手は、死体となったクローディアの手と繋がれていた。
手を引かれたアウアは、思わず振りほどこうとするが、一気に顔を青ざめて身体を硬直させる。
「が、ガイさん……! ガイさん!!」
「……っちょ、どうした!?」
さらに突然叫ぶアウアに慌ててガイが近づく。
アウアの狼狽え様は、実の姉を前にしているのにも関わらずはっきり言って異常だった。
「助けて! 手、手を振りほどけないの!!」
「は……? ……ちょおい!?」
始めは訳が分からず目を白黒させていたガイだったが、ルライトに掴まれているアウアの手が鬱血しかかっているのを見て、顔色を変えた。
慌てて、掴んでいるルライトの指を一本一本引き剥がすようにしてアウアの手を何とか解放する。
「っはー、はぁ……、外れたな……。……ルライト、お前一体、妹になんてことしてるんだ!?」
「あれっ、ガイまで一体どうしたの? イクスに用事でもあるのか?」
「……は?」
「まぁいいや。アウア、寒いからそろそろ寮に戻ったら?」
思わず怒鳴ろうとしたガイに返されたのは、実に幸せそうなルライトの虚ろな声だった。
「ルライト姉……」
「……え、イクス甘党なの? あははっ、意外だなぁ」
「……おねぇちゃん……!!」
ついにアウアは耐えられなくなっていた。
いつもと違って、全く自分のことも、何も目にしていない姉の姿に耐えられなかった。
地面には、透明な雫がいくつも零れていった。
「……アウアちゃん」
姉の目の前で泣き崩れたアウアに、ガイは言う。
「戻ろうか」、と。
当然のことながら、泣きながらアウアは嫌がった。
しかし、彼はどうしようもない真実を彼女に告げた。
「もう、彼女は誰にも救えないよ」
救えるとしたら、死んでないコイツだけだろうよ。
ガイは、死体の彼を指さした。
アウアも意味を分かったのであろう。そして、他に術がないことを悟ってしまったのだろう。
「……わかったよ。……戻ろっか」
彼女は、了承した。
幸せな、自分だけの楽園にて微笑む自らの姉を、そのままにすることを。
「お姉……、またね」
「じゃあな、クロさん」
2人は最後に、一度だけルライトとクローディアの両者へ視線をやり、その場から立ち去った。
「ね、イクス。突拍子のないこと言うから聞いて」
終わりに2人の耳に届いた少女の虚ろな言葉は、
死体となった彼に対する、『愛してる』だった。
(そして、歪んだ願いは成就された)
(しかし、本来の彼が見たとき、彼女の笑顔はどんな風に見えるのか)
(知る者はいない)
・あとがき(という名の弁解)
すんませんでしたあああああああああ!!でもナマコさんから許可は頂いてるよ!
クロさんの悪夢を元に書いてみました。
ついでに言い訳すると、るーちゃんはあれです、殺した事実を認めたくなくて、そのまま現実からログアウトしてしまいました。
元に戻るのはどうだろう……死ぬときくらいかもしんない。
下手すると、何かの奇跡でクロさんが生き返っても彼のことを拒絶しかねない。
つまり纏めると、『まわりが見れば絶対的なバッドエンドだけど、本人はハッピーエンド』という何とも奇妙な話でした。