そろそろ、ソロ活

そろそろ、ソロ活

人生100年時代。
人生後半をより気ままに楽しく生きるために、ゆるりとソロ活

 

 

前回の記事に書いたスニーカー騒動?からもわかるように、息子は服装に関して無頓着。

 

優先するのは「着心地」一択で、色の組み合わせを工夫するとか、TPOに合わせてオシャレを楽しむなんて意識はゼロです。

 

 『目指せスティーブ・ジョブス?!~愛すべき変人の育て方<幼少期編②>~』『そろそろ息子の話でもしようじゃないか ~愛すべき変人の育て方①~』今まで度々、娘の話を取り上げてきましたが、私には子供がもうひとりいます。 それは、現在大…リンクameblo.jp


そんな着るものに関心がない息子の幼少期については、以前にもネタにしました。

 

今回は中学時代の素っ頓狂なエピソードをご紹介しようかと。

 

 

中学生男子と言えば、女子の目を気にし始め、ちょっとしゃれっ気も出てくるお年頃。

 

なのに息子は相変わらず、着るものや身なりについて全く関心がありません。

 

 

朝は、起きて水でチャチャっと顔を洗って制服に着替えたら、身支度完了。

 

ちなみにこれは大学生になった今でも同じなのですが、なぜか息子はお肌がとってもキレイなんです。

 

化粧水はおろか、洗顔料すら使っていないのに、毛穴の一つも見当たらないトゥルントゥルンのお肌を見ていると、高い化粧品を使うのが馬鹿らしくなってしまう...。

 

 

髪型に関しても、寝癖がついていようとお構いなし。

 

床屋に行くのも面倒臭がるので、家にいる間は2ヶ月に一度くらい夫に頼んで強制連行してもらっていました。

 

 

極めつけが、修学旅行の時。

 

服装に関しては、外出時は制服、宿泊先のホテル内では私服でもOK、というルール。

 

息子はおそらく何度も着替えるのは嫌がるだろうと、そのまま寝てもいいようなユニクロのスウェットの上下を持たせました。


(↓こんな感じの)



 

 

ところが、家に帰ってきて荷物を出させたら、スウェットを着た気配がまったくない。

 

「なんで着なかったの?」と尋ねると、息子はなぜか自慢気な顔をしています。

 

「僕、ムチャクチャいいこと思いついたんだよね!」

 

 

息子がこう言いだすのは、大抵ろくでもないことを思いついたとき。

 

「朝、少しでも長く寝てたいじゃん?

 

だから、前の日にお風呂から出たときに、次の日の服を着ればいい、ってことに気が付いたんだ」

 

 

「え?寝るときはどうしたの?」

 

「もちろん、そのまま寝るんだよ。

そしたら、朝ベッドから出るだけで済むじゃん!」

 

つまり息子は修学旅行中、制服のズボンにカッターシャツを着て寝ていた、と...。

 

 

「靴下は1日目に履いて寝たら寝にくかったから、次の日は裸足にしたけどね。

 

靴下履いたまま寝られたら、完璧だったんだけどなぁ!」

 

とニコニコしながら話す息子に、母として何を言えたでしょうか。

 

 

ちなみに、この「次の日の服をそのまま着て寝る」方式は、今も続いているようです。

 

つまり、息子の生活にはパジャマというものが存在しない。

 

我が子ながら、変人すぎてついていけません...。

 

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6 

 

 

 

女子に比べていつまでも幼いように感じられる男子も、中学2年生くらいになると、急に大人っぽくなってきます。

(ただし、見かけだけ...。中身は変わらずお子ちゃま(笑))

 

声変りが始まり、急に背が伸びて、ヒゲがうっすら生えてくる子も。

 

我が子の成長が喜ばしいような、いつまでも子どもでいて欲しいような、母としては複雑な気持ちになる時期でもあります。

 

 

息子も中1の後半から急に背が伸び始め、中2の夏休みに制服のズボンと袖を出してもらいました。

 

ズボン丈は確か、10㎝くらい一気に伸ばしたような...。

 

なるべくならお直しは一度で済ませたい、というケチな考えから長めに伸ばしてもらったのです。

 

 

それまでアンクル丈&手首丸見えだった制服もジャストサイズになり、ホッと一安心。

 

と思っていたある日、息子が「お母さん、靴が雨漏りする」と言い出しました。

 

 

考えてみれば、中学入学の時にスニーカーを新調してから、1年半近くも経っている。

 

毎日それしか履いていないため、買った当初は真っ白だったスニーカーも、今やドブネズミ色に。

 

裏返してみてみたら、母趾球のあたりに大きな穴が開いています。

 

 

そこでその週末、夫も一緒にショッピングモールの靴屋さんへ新しいスニーカーを買いに出かけました。

 

ちなみに、入学時に買ったスニーカーは24.5㎝。

 

すぐ成長するだろうと、少し大きめのサイズを買った記憶がありました。

 

 

それがキツくなったということは、25㎝か、せいぜい25.5cmだろうと、そのサイズの靴を息子に履かせてみたところ、「キツい」と。

 

え、じゃあ、26㎝は?と履かせてみたら、「まだキツい」

 

私は「新しい靴だからキツく感じるんじゃないの?」と思いましたが、夫は靴を履いた息子のつま先を押して何やら確かめています。

 

 

夫「27㎝くらいなんじゃないか?」

 

私「そんなはずないでしょ!昨日まで24.5㎝の靴履いてたんだよ?」

 

あわや、A〇Cマートの店先で夫婦喧嘩勃発の危機。

 

 

最終的に店員さんを呼んで確認してもらったところ

 

「ジャストサイズで26.5㎝か、ゆったりと履きたいなら27㎝でもいいかもしれませんね。」

 

 

いや、この子、昨日まで24.5㎝のスニーカー履いてたんですけど?

 

一晩で足が2㎝も育つって、あり得ます?!

 

もしや、つま先を丸めて自主的纏足でもしてた...??

 

 

キツネに包まれたような気分で、とりあえず少しゆとりを持たせた27㎝のスニーカーを購入。

 

帰り道で息子に「今までよく24.5㎝のスニーカー、履けてたね」と言うと、

 

「親指のところ、穴が開いてたから。」

 

 

よくよく話を聞いてみると...。

 

足が成長すると同時に毎日履いていてボロくなったスニーカー、つま先の内張りの部分が破れていたらしい。

 

そこに親指がちょうど収まっていたため、キツいと感じていなかった、と。

 

 

「ちょうどすっぽり指がハマって履きやすかったんだけどなぁ。

さすがに底に穴が開いたら雨の日は履けないから...。」

 

「いやいや、つま先に穴が開いた時点で教えてよ!」

 

と、突っ込みつつ、1年以上息子の靴に全く意識を向けていなかったことを反省したズボラ母でした。

 

 

 

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息子が進学した中学はお隣の市にあったため、電車通学でした。

 

自宅から最寄り駅までは、自転車で10分ちょっと。

 

そこから電車を1回乗り継ぎ、学校の最寄り駅から徒歩15分。およそ1時間の道のりです。

 

 

電車は当然、定期が必要。

 

しかも、乗り継ぐ電車の会社が違うため、定期を2枚持つことになります。

 

 

息子がおっちょこちょいでしょっちゅう忘れ物をすることは、以前小学校編でも書きました。

 

これは定期も絶対にどこかに置いてきたとか、失くしたとか、やらかすに違いない。

 

そこで夫と一計を案じ、通学用のリュックに伸びるストラップを取り付けることに。

 

↓こんな感じのもの

 

 

この作戦はうまく行き、この後高校まで6年間電車通学をしたのですが、定期券を落とすという大惨事は免れることができました。

 

が、落す可能性のあるものはもちろん、定期券だけではありません。

 

 

一番先にやらかしたのが、自転車の鍵。

 

入学して半年くらいが経ったある日、息子がいつもなら帰宅する時間になっても帰ってこない。

 

おかしいな、と心配していたら、30分ほどしてようやく帰宅しました。

 

 

「遅かったじゃん、どうしたの?」と尋ねると、

 

「自転車の鍵が見つからなくて、歩いて帰って来た」と。

 

 

「自転車の鍵がない?!いつもどこに入れてるの?」

 

「ズボンのポケット。知らない内に穴が開いてて、そこから落ちたみたい。」

 

 

慌ててズボンを点検すると、確かに右のポケットに穴が...。

 

入学して1年も経たない内に穴が開くって、アリ?!

 

 

その週末、夫が車で自転車を回収し、その足で自転車屋さんへ。

 

古い鍵を壊して外してもらってから新しい鍵を購入する必要があり、そこそこの出費です。

 

自転車の鍵に関しては定期のようにどこかに括り付けておくわけにもいかず、この後も3回ほどやられました...。

 

 

極めつけが、警察からの電話事件。

 

中学2年生になったばかりのある日の午後、自宅の電話が鳴りました。

 

 

出てみると、相手は「〇〇警察署です」と名乗るではありませんか。

 

もしや詐欺?!と身構えたのですが、次に「〇〇さん(息子のフルネーム)のお宅で間違いありませんか?」と言われ、今度は血の気がサーッと引いて。

 

 

「そ、そうです...。」と答えつつ、頭の中では恐ろしい想像が広がります。

 

交通事故?何かの事件に巻き込まれた?もしや逆に息子が何か警察のお世話になるようなことをした...?

 

 

ひとり青ざめている私の様子を知ってか知らずか、警察の方は「実は息子さんの落とし物をお預かりしておりまして」と、あくまで丁寧なお話しぶり。

 

「な、何を落としたのでしょう...?」と恐る恐る尋ねてみると、「生徒手帳です」と。

 

それを聞いて、安心と「生徒手帳かい?!」という脱力感で、身体の力が一気に抜けたことを覚えています。

 

 

次に頭に浮かんだのは、電車で忘れ物をしたなら鉄道会社に届くはずなのに、なぜ警察?という疑問。

 

警察の方曰く、「道に落ちていて、拾った方が最寄りの交番に届けた」とのこと。

 

いったい何をどうしたら、道端に生徒手帳を落とすことになるのでしょう...。

 

 

ちなみに、警察署に落し物が届いた場合、原則として本人が取りに行かなくてはなりません。

 

本人に代わって第三者が引き取る場合は、委任状が必要。

 

ただし、保護者は「親子関係が証明できればOK」ということで、私は息子の保険証と私の運転免許証を持って引き取りに行きました。

 

 

しかし、警察からの電話は本当に心臓に悪い...。

 

「〇〇警察署です」と聞いた瞬間、頭の中がパニックになってしまう。

 

詐欺に騙されてしまう方の気持ちがよくわかりました。

 

つまりある意味、息子が詐欺電話に対する耐性を付けてくれた、ってことかもしれません(笑)

 

 

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よく、「中学受験は親の受験」と言われています。

 

実際は「親=ママ」であるケースが多いでしょう。


が、我が家の場合、子どもの勉強面に関しては圧倒的にパパ、つまり夫が熱心でした。

 

 『奇跡の大逆転ホームラン ~愛すべき変人の育て方<小学校編⑱>~』『逃げるは恥だが役に立つ ~愛すべき変人の育て方<小学校編⑰>~』『真の多様性とは ~愛すべき変人の育て方<小学校編⑯>~』『帰国後の躓き ~愛すべき変人の育…リンクameblo.jp


幼稚園の頃から中学入学まで、毎朝1時間弱「朝勉」と称して息子の勉強を見ていたのも夫。

 

その様子は以前にも記事にしましたが、そのおかげで中学受験もなんとか切り抜けることができたと思ってます。

 

 

ただし、夫の関心はあくまで勉強に関することのみ。

 

学校生活や友人関係、習い事に関してはあまり興味がなく、そちらは私の担当でした。

 

 

そして中学入学後、初の個人懇談。


小学校の頃と同じように、当然私が行くことに。

 

私が担任の先生にお尋ねしたのは、息子がお友達とうまくやれているのか、何か突拍子もないことをして迷惑をかけていないか、という主に生活面でのことでした。

 


「今のところ何も問題はありませんし、お友達ともうまくやれていますよ」


と言っていただいて、ホッと一安心です。

 

 

ところがその日の夕食時に夫にその話をすると、


「そんなことしか聞いてこなかったの?」


と言うではありませんか。

 


夫曰く、中学生になったら生活面がどうこうより、一番に考えるべきは学習面。

 

学校の進度に息子がついていけているか、クラス内でどの程度の位置にいるのか、今後成績を上げるとしたら何をすればいいか、などなど。

 

「こういう具体的なことを聞いてこないと」だそう。

 

 

私に言わせれば、「はぁ?!」です。

 

アメリカから帰国して同級生になじめず、イジメに遭ってしょんぼりしていた息子の姿を忘れたの?!

 

最優先は、息子が毎日楽しく学校に通えるかどうかでしょう?!

 

 

が、私も頑固なら夫は輪をかけて頑固。

 

持論が間違っているとは絶対に認めません。

 

 

「そんなに勉強のことが気になるなら、今度からアナタが言って自分で聞いてきてよ!」


と言うと、


「わかった、そうする」と。

 


そして実際これ以降、中学高校、果ては塾まで、息子も娘も個人懇談はすべて夫が行きました。

 

さらに、息子の中学は今どき珍しく家庭訪問もあったのですが、その日は夫は有休を取って先生を待ち構える、という念の入れよう。

 

 

驚くのはそれだけではありません。

 

個人懇談に挑むにあたり、夫は子どもたちのこれまでの学習履歴や過去の成績など、一通りの資料を作成して持参するのです。

 

その量たるや、A4のファイル2、3冊に及ぶほど。

 

 

私は同席したことはないのですが、娘によると

 

「まず、お父さんのプレゼンから始まるんだよね。


それが長くてさ~。


先生が困っているのもわかるし、私聞いても意味ないし、ホント辛い。」

 


想像がつき過ぎて怖い...。


もはやここまで来ると、教育熱心ではなくモンスターペアレントではなかろうか?!


個人懇談の日はそっと心の中で、担任の先生方に謝っていました。

 

 

そんなこんなで、中学からの子どもたちの学校対応および勉強面でのサポートは、ほぼ夫にまかせっきりだった私。

 

息子も娘も、中学は年に1回授業参観に行ったかどうか。

 

高校に至っては、入学式と卒業式にしか校内に足を踏み入れたことはありません。

 

 

ただそのおかげで、子どもたちと夫の関係が、一般的な父子のそれよりかなり濃厚になったことはよかったかな、と。

 

息子も娘も夫と2人で出かけることも厭いませんし、帰省すると何やら夜遅くまで楽しそうにおしゃべりしています。

 

 

これも私が潔く、夫に子育ての権利の一部を譲ってあげたからよね!

 

と、面倒を夫に押し付けたことを棚に上げて自画自賛するのでした(笑)

 

 

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息子が入学した中学校は教育大附属のため、教育方針が独特なことで有名です。

 

ホームページに、

 

子どもの自主性や能動性を育む「生活教育」を理念として掲げています。

 

生徒一人ひとりの居場所を大切にし、自ら学び、新しい生活を切り拓く力を育成します。

 

と書かれているように、徹底して生徒の自主性を重んじる校風でした。

 

 

この「自主性=自由さ」が息子にとってはたまらなく居心地が良かったようで。

 

何しろ、興味のあることには120%没頭するのに、関心がないと存在を頭から消し去る、というアンバランスな性格。

 

「満遍なく頑張る」とか「周りに合わせる」ということがとことん苦手なため、小学校時代は何度も壁にぶち当たっていました。

 

 

この学校のユニークさを語る上でわかりやすいエピソードとして、授業参観のお話をしようと思います。

 

息子の担任の先生は社会科の先生だったので、中学に入って初めての授業参観の科目は「歴史」でした。

 

 

お題は、「縄文vs弥生」

 

しかし、ただ「縄文時代とは...」と先生が講義をするわけではありません。

 

「縄文時代と弥生時代、どちらの時代で暮らしたいか」について、生徒同士が縄文派と弥生派に分かれてディベートを行うのです。

 

 

生徒たちはあらかじめ、縄文時代と弥生時代の人々の暮らしについて下調べを行っており、授業開始早々熱のこもった討論が始まります。

 

「弥生時代は食べ物を蓄える方法を持っているから、飢えに苦しまずに済む」

 

「縄文時代の人は労働時間が1日2~4時間だった。その他の時間は趣味や遊びに使えて生活の質が高い」

 

などなど、まずはそれぞれの立場の利点が挙げられていきます。

 

 

その内に、

 

「縄文は食べ物が採れなかったら死ぬしかない。死ぬのは怖い」

 

「弥生は上下関係がある。上の立場の人に偉そうにされるのはイヤ」

 

などと、相手の立場を否定する発言が出てきて、ちょっと言い争いのような雰囲気に。

 

 

とその時、それまで何も発言しなかった息子が手を上げました。

 

「縄文の人は、マンモス踊りをしていたみたいなので、僕はそれが見てみたい」

 

 

すると縄文派弥生派関係なく、教室中が「マンモス踊り?」「何それ?どんな踊り?」と盛り上がり始めます。

 

「こんな感じじゃない?」と、クラスのおふざけ役のある男子が立ち上がって、腕をゾウの鼻っぽく揺らしてみたり。

 

「踊ったってことは、歌もあったんじゃね?」「マンモス~、おお、マンモス~!」と即興で歌いだす子がいたり。

 

 

いつの間にか「縄文か弥生か」というお題はそっちのけで、「マンモス踊りとは何か」に完全にシフトしてしまいました。

 

でも、担任の先生は「ふざけるな!」と怒ることはおろか、マンモスで盛り上がる生徒たちを止めることもしません。

 


ニコニコしながら、


「マンモス踊りは、マンモスを狩るときに勇気を出すために踊ったのか、それともマンモスを称えるものだろうか?」


と更なるお題を投げかけます。

 

 

すると、オリジナルのマンモス踊りを披露していた男子たちも、動きを止めて考え始めます。

 

「え、勇気出すためでしょ」


「いや、昔の人にとったらあんなでっかいマンモスは神様に思えたんじゃない?」

 

と、新たな討論に繋がっていく。

 

それまでの様子を見て散々笑っていた私も、これこそが真の教育だ、と深い感銘を受けました。

 

 

もちろん、親が見れるのは授業参観だけなので、実際毎日の授業がどのようだったのかはわかりません。

 

でも少なくとも息子は中学3年間、「授業がつまらない」と言ったことは一度もありませんでした。

 

それだけでも、この中学にご縁ができて本当によかった、と心から感謝したものです。

 

 

ちなみに息子によると、マンモス論争は参観後の授業でも引き続き行われていたそうで...。

 

最終的に、男子のほとんどは縄文派、冷静で賢い女子の多くは弥生派に落ち着いたんだそうです。


さもありなん(笑)

 

 

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