人の価値は優秀さだけでは決まらない | ヤウのあれこれ

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偏差値38の元落ちこぼれが色んなことについて書いてみる

どうも皆さん、ヤウです。

 

サラリーマンであれば、今日は仕事でしたね。私も仕事でした。勤めている会社は外資系のコンサルティング会社で、競争は激しい。

 

ギスギスした人間関係では全くないのだが、能力の高い人が多く求められるものも当然高くなる。

 

入社して1年近くになるが、ようやく求められるものにも慣れてきてコンサルの仕事ができるようになってきた。これは自分の能力が上がったというよりも、慣れてきたというほうが正しいと思う。

 

さて、そんな競争が激しい中にいると仕事ができるかできないか、という基準で同僚や上司を判断するようになる。

 

周りからも自分は仕事が出来るかできないかで判断されているのだから、自分の判断基準もそうなる。

 

気を付けたいのは、これをプライベートでも当てはめてしまうことだ。 

 

仕事ができるかできないか、優秀かそうでないか、常にこの基準で物事を考えていると、職場以外の人もそれで判断するようになる。

 

だけど、これは間違いだ。優秀かそうでないか、頭が良いか、そうでないか、確かに一つの基準ではあるが、決して絶対的なモノではない。

 

優秀かそうでないかだけで、どんな人かを判断できるはずがない。人の価値は一面的には判断できない。

 

性格がよい、気遣いができる、どんな人ともすぐに仲良くなれる、人それぞれいろんな特長がある。今の社会は、頭が良いというのが非常に大きな判断材料となっているが、意識していないと優秀でないだけで人を差別したり、見下したりするようになる。

 

何度でも強調したいが、能力の高さで人を判断してよいのは職場だけだ。同じ職場の人に対しても、いったん仕事を離れれば、優秀かそうでないかの判断軸を持ってはいけない。

 

頭の良さは、あくまでその人の一部でしかない。

 

人のある側面だけで、その人の全体を判断してしまうのは、絶対に避けよう。

 

視野を自分自身で狭めてしまっている。

 

人や物事は一つの判断軸では分からないのだから。