こんにちは。
先週のTOKYO FMのラジオをそのまま書き起こします。
先週に引き続き、野田洋次郎さんがゲスト。
音楽に関する話は、へぇ、、そうなんだ?、って感じですが、途中米津さん、野田さんがものすごくいいことおっしゃるな―というところ、赤字にでもしておこうと思います。自分のやってきたことをすごく肯定していただいた感。相反する人と、長年戦ってきたもので。報われた感・・・。
米:洋次郎さんて結構さみしがりやなとこあるじゃないですか。
野:え、そうかなぁ、どこで、、、?
米:そう思ってるんですけど、なんていうかなぁ、すごいこう、めちゃくちゃ雑な印象論で申し訳ないですけど、猫っぽいところがあるっていうか、きまぐれなんだけど寂しがり屋っていうか、すごい愛すべき兄ちゃんだなぁっていう、、笑、グッとくるところではありますよね。
野:可愛がってやってください笑
米:いやいやいや笑 申し訳ないですけどね。
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(なにか、お題ですかね?)
野:米津~ムズイこと言うなぁ~米津かぁ~へぇ、なんだろうねぇ。。
米:聞かせてもらっていいすか?
野:なんだろうなぁ、まず背がくそでかいからな。ちょっと得体の知れなさもあるしなぁ、犬っぽい人懐っこさもあるけど、なんかでもちょっとキツネっぽい化かし方をするなという印象です。
米:それはちょっと腑に落ちるかもしれないですね。
野:ちょっと妖怪チックなところあるよね笑 なんか両方併せ持ってるイメージなんだよなぁ。
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米:プラシーボを聴いていただきました。
野:メロディってさぁ~最初に打ち込むの?歌う前に。
米:いや、もう歌うだけです。
野:マジで譜割が、俺ら世代からすると異常っていうか
米:あんまり自分では意識してなくって
野:やっぱりボカロを通ってきたのを少なからず感じざるを得ない、でもだから面白いな、って、
米:ボカロはねぇ、もう、右で打ち込んで、気持ちいいとこ探っていくっていう形だったから
野:俺も同じくらいあの16分(ぶ)、で連打するようなメロディが多いけど、どっちかというとコードが変わってってちょっと〇〇的な?(聞きとれず) 同じ音程とかもけっこう多いから俺は、おしゃかしゃまとか、連打してって、あの16分の中でメロディがあんだけ変わるっていうのは、新世代キタ~!みたいな感じ。
米:自分でもなんでこんなの作ってるんだろう、ほんと歌いにくいなって、歌いやすく作ればいいじゃんて話しなんだけど、結局ボカロとかで培ってきた方法論みたいなものがものすごく自分に根付いているだろうから、それが美しいものとして自分の中にあっちゃうんですよね。
野:あれは本当に面白いひとつの発明だし、今回俺も歌ってみてすごい勉強になったね、歌ってて楽しかったしね、自分じゃここまで動かないよなっていうような思いもありながら。
米:自分が作ったメロディを洋次郎さんに歌ってもらえるっていうのが、俺にとってはほんとに至福のひと時というか。。
野:ほんとですか、いや俺もびくびくしましたけどね、、
米:ほんとですか
野:だってブースの中入って、いちばん偉い椅子に米津が座って、トークバックで米津が話しかけてくるから~完全にこれなんだってなって笑
米:いや~まぁねぇ、申し訳ないですけどね、いちばん最初にリハーサルというか試しに声を出した瞬間から、あぁこれはもう!これはこれは、って感じでした。
野:あ、ほんと?、あぁよかったぁ、俺も完成を聴いたらめちゃめちゃ好きになっちゃって、めちゃめちゃ聴いてますね。
大丈夫だった?何点でした??
米:いやもう100点ですよ
野:本当!?
米:むちゃくちゃイイ!
野:ウチに来たりしたら結構歌ってくれるよね、べろんべろんになりながら、、全然覚えてないでしょ?結構長回しでいいテイク撮れてるよ、携帯で笑
米:マジっすか、記録として残ってるんですか、こわ!
けっこう歌いますよね、カラオケで一緒に有心論とか、、、なんの話してます?
野:確かに、あんな何時間もいて何の話してるんだ?
米:ほんと生産的な話、一切してないですよね、
野:ないね~、むしろ生産的は話したくなくて飲んでるところあるからね。あと、藤くんの誕生日パーティ、俺ら二人でこっそり侵入してカラオケ
米:ありましたね~2年前かな?あれは楽しかったっすねぇ
野:バンプはだって、メンバー4人で誕生日迎えてたもんなぁ
米:本当に仲良いんだなと思って
野:ほんとにすごいよね
米:期待裏切らない
野:そこに俺ら後輩二人が押し掛けるっていうね
米:申し訳ない。。
野:ちょうどさぁ6個6個差なんだよね、まぁ、不思議なもんで。
米:そうですよね、藤原さん洋次郎さん・・・
野:俺もさぁそうやってお世話になってきてるから、藤君とかいつもしんどい時とか、
米:RADWIMPSと同じくらい、藤原さんにも、ものすごく影響を受けてきて、やっぱ彼ともね、会えるようになって、一緒にお酒を飲めたりご飯を一緒にできるような関係性になれたっていうのがものすごく嬉しくって、いつか本当に3人で話したいですよねぇ。
野:藤くん~聴いてるかぁ~
米:はははは
野:出る前の新曲とかもお互い聴かせあいっこするよね。今どんなことをしてるか、みたいな。海の幽霊だっけ、あれも出る前にうちで・・・めちゃめちゃいい曲じゃんっつって。
米:最近は・・・アルバムの制作があって、アルバムの制作中って全然聴けないんですよね。
野:しかも俺ら基本ずっと作ってない?
米:ずっと作ってますね。だから、あんまりこう最近すげぇ聴いたなっていう曲って全然なくて、挙げるとすれば、テーム・インパラの新しいアルバムで、Lost In Yesterdayっていうのがあって、あれは久しぶりにグッときましたね。テーム・インパラすごく好きなんですよね、今の時代に、あれだけ古い文脈を持ってきて、それでいて強度のある音楽作っているっていうのは、ものすごくリスペクトできるなと思って。何かあります?洋次郎さん?
野:俺はね、邦題なんだったかな。。。「君の名前で僕を呼んで」スフィアン・スティーヴンスのミステリー・オブ・ラヴ すんごい好き。
米:あぁいいっすねぇ!
野:あのアコースティック感、すごい好きだったな。
あと、タイコー。ジャパンていう曲があるんだけど、けっこう優しめで、、曲作り中は歌無しの曲が多くて、サントラとか、ジブリの久石譲さんとかも聴くし、ハリウッド系もすごい聴くね。
米:インプットの時間というか、そういうのを設けてたりするんですか?
野:しない、基本はもう、自分の曲を九割五分。その日できた曲を家のキッチンで酒飲みながら聴くのが一番好き。スゲー!って。スゲーのできてんじゃんっつって。
米:これミュージシャンあるあるだと思うんすけど、自分が例えばデモとか作って、ものすごくいいものができたら永遠に聴きますね。
野:永遠に聴いてる!
米:自分の作る音楽って、特別ですよね。
野:てか、じゃないと、ミュージシャンじゃないよねぇ?
米:曲作るたびに思うんですけど、自分が次に作る曲が一番好きなんだろうな、って。
野:いやほんとにそう、みんな訊くよね、自分の作った曲で何が一番好きですかって。間違いなく次の新曲だよね。
米:絶対それが一番好きなわけで、それが絶えず続けていける限りは、ほんと幸せな話ですよね。
野:でもどうする?いつか死ぬんだよ。作ってる途中にたぶん。それ想像するだけで悲しくて。
米:作れなくなっちゃうときがねぇ、、いつか来ますからね。。
野:そか、それか作れなくなっちゃうときが先に来るのかな。。なんかでも想像できないんだよな。
作るペースとしては早い人?制作。
米:俺の場合は遅いし、俺はやっぱ音楽を作るうえで逡巡を大事にしたいというか、迷う時間を絶対設けないと、いいものは作れない気がするんですよね。ああじゃないのかこうじゃないのかって、自分が想像だにしていない美しい姿っていうのが、この曲にあるんじゃないかってことを、ギリギリまで考えたいんですよね。
野:俺も思うのは、曲に込める時間、想いだったりアイデアだったりちゃんと込める時間が俺も欲しくて、一時的ななにかワンアイデアで行くとなにかこう、足りなく感じちゃうんだよね、重さというか曲が持ってる質量が。ちゃんとその曲がどっしりとその姿でいるためには、やっぱり何か込める時間だったり、あこれじゃないのかもっつって、でもあとからまた戻ってきたりとか。
米:子供育ててるような感覚なのかな、子供育てたことないからわからないですけど、やっぱ、その形として世に出さなきゃいけないわけであって、その音楽は一生その形でいるわけじゃないですか、音源として。ライブではまた違うかもしれないけど、ずっとその形でいるわけだから、それなりの責任を負わなきゃいけないっていう。。感じるんですよね。
野:手が加えられるうちはなんだってしてあげたいよね。
米:そそそそ、ほんとありとあらゆる可能性をつぶしていった先に残る一個だけの美しいものっていうものにたどり着きたいと思って。難しいですよね、ほんと音楽に埋没しないと成立しないので。あるいは自分のエゴで、自分の手で本来あるべき姿を汚していってしまっているのではないかと思うこともあって、本来のその曲が持ってた美しさから遠ざける結果になってしまうんじゃないかって。
野:その迷いが正しいと思うけどね俺は。子育てもそうだと思うけど正解がないじゃん?きっと迷ってる親は迷いながら苦しんで、のたうち回って、これが正解かも、でも違ったかもって行ったり来たりする親はたぶん正しい姿なんだと思う、勝手に決めつけて、こうしときゃいいんだよってことこそが間違いな気がするというか。
米:迷うことだとかいろんなものと照らし合わせることこそが、唯一正しい事であって、それ以外に正しい事なんて一つもなくて、、あ、個人的にですけどね?俺にとってその当時曲を世に出した瞬間は俺が今できる一番美しい姿だと思って出しましたけど、後になって考えてみると、果たしてこれで良かったんだろうかってことはものすごく悩みますし、自分の力不足で曲に悪いことしちゃったんじゃないかって思ったりもするんですけど、あるいはそうやって、自分が作って世に出してきた音楽に対して迷うことを絶やさず言える限りは、その曲たちに対して真摯に向き合えているってことなのかなぁっていう風に、、
野:後悔とか反省とかを繰り返しながら次を作っていけるしね。
米:そうすね、だから、それはまぁ自分でそういう風に決めているだけであって、もしかしたらものすごく暴力的な結論の出し方なのかもしれないですけど、少なくとも迷うってことは自分にとってものすごく責任を取るための手段だし、音楽に対して真摯であるための、ものすごく大きなひとつの手段ていう形でありますね。
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米:洋次郎さんて自分の親に似てると思います?
野:思っちゃうんだよ~、反面教師で生きてきたつもりが、どうしたって似てるんだよね、やっぱ遺伝子ってすさまじいな。
米:歳を取っていくっていうことに対して、積極的でありたいなっていう風にやっと思えるようになって
野:積極的もなにも、、歳とっちゃうからなぁ
米:やっぱ昔はねぇ、”ロックミュージシャン27で死ぬ”みたいなドグマみたいなものがあったじゃないですか、
野:やっぱり27の時一瞬考えちゃうよね、俺も考えた。
米:27って歳をどうやって過ごすのか考えたんですけど、でもやっぱなんとなく生きていくことができていて、目の前には今まで会わなかったような人たちが、それこそ洋次郎さんとか。。
野:ぜったい生きてた方がいいよね。
米:だから、生きていくってことに対して、すごく生産的に考えられるようになりまして、30も手前になって。。
野:まだまだこっから自分から生み出される音楽を聴きたいって思えてる時点で
米:楽しいことがね、いくらでも待ってると思うので。
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野:コロナのCOVID19があって、なんかああやって曲をそういうタイミングで瞬発的に出したりもしたので、俺なりに今の時代の空気には敏感でいたいなと思うし、世の中の正しさと間違いとみたいなものと、その振れ幅の極端さとか、ちょっとやっぱり不思議だし異常な空気だなと感じながら、でも自分の生きている時代と、生きてる時間が、まさにそこに生きてるから無視はできないしとか、その中で自分は、自分の正しさと間違いとを、どうやって持って、どうやって判断して、どうやって生きて行こう?っていうのをすごく考えるし、人間がどこに向かうのかなっていう心配と不思議みたいな、
米:誰もわからない状態でね、今なんとなくやっていってますけど、いろんな周りとか見てると、正しさっていうものにものすごく暴力的な意見が氾濫しちゃってるというか。
野:しかも麻痺しちゃってるよね、その暴力性に気づかないというか。。
米:いわゆるその、自粛警察というか、不要不急なことを少しも許さないっていう、なんていったらいいんだろうな、一縷の気のゆるみも許さなくって、清廉潔白な世の中を目指していきましょうっていうその流れに対して、俺はすごく気味の悪いものを感じますね。。
だって不要不急っていう言葉を紐解いていくと、じゃぁ果たして人間にとって一番必要なものは、最低限必要なものは何なのかって考えていくと、まず音楽は最初の方に要らないっていう風に、捨てられるもんであって、、で、やっぱ再確認させられるだけの時間ていうものが流れていて、人間にとって本当に必要最低限なものを残していこうっていうことを考えると、ある種の優勢思想だとか、そういう方向に進んで行っちゃうんじゃないかって、、
例えば医学的な価値観において、COVID19を広めないためにはこうすればいいっていう医学的な考え方の正しさっていうものがある中で、それをどこまで守るかっていうことだと思うんですよね。それをまったくすべて守り通せっていう風にやっていくと、それは人間的な文化的な生活というものからものすごく離れて行ってしまうんじゃないかなっていう、、
野:新型コロナウイルスっていうさ、初めての、新型なんだからさ、初めての経験なんだから誰一人正解を知らないその状況の中で、なんでみんなで正解を探しに行こうよってなれないのかなっていうか、はじくっていうことはもう十分できてるから、次に向かうべきだなって気はすごいするよね。
米:自粛期間中はずっと音楽だけに集中して、自分にとって今何ができるんだろうって考えると、それはやっぱ音楽を作ることでしかなくて、だからもう、そういうものをある種一旦シャットダウンして、その期間が終わって、今、自分が感じる正しさっていうものを人にゆだねない。
野:そうだね、あと、大きな世の中の流れが正しいと思わないっていう大前提を
米:まぁそことのすり合わせというか、世の中の流れみたいなものを完全に無視して生きるっていうのも、それはそれで美しくはならないなとは思うので、絶えず距離を取りながら、一定の距離を保ちながら、且つ最終的に自分の美しいと思う選択というものを人にゆだねない。誰がどう思おうと自分にとって必要なことである、不要不急とほかの人間が言うかもしれないけれど、自分にとって必要なものであるっていうことを、自分で信用してやらないことには自分にとって美しい生き方というのはままならないだろうなとすごく思いながら生きているかもしれないですね。
野:社会派DJですねえ。
米:はははは!!DJと呼んでいただけるんですか?今日一日話してみて、俺DJになれましたか?
野:なれたねぇ。完全になれたねぇ。
米:マジっすか、嬉しいなぁ。お墨付きをいただきました。いやでも本当に楽しかったですね。これからもよろしくお願いします。
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次回8月15日(土)はFoorinがゲストだそうですよ。
リスナーからのメッセージも募集中だそうです。迷ってること、悩んでること、相談に乗ってくださるようです。
なかなかないですよね~そんな機会!
(私は特に悩んでること迷ってることありません。。歯の治療にどこまでセラミック(自由診療)を使うかってことくらいです)
ではではまた