昨日の土曜日の夕方、わたしのスマフォが鳴ったので、誰から?って

思って画面を観たら、娘からだった。

 

わたしには同居していた長男45歳と近くに住んでいる長女42歳が

いて、長男夫婦のことはよく、ブログの記事に時々書いていて話題に

なっているんですけど、娘夫婦のことはあまり記事にしていませんで

した。

 

で、娘は、わたしのことに関しては、80%アライみたいな感じ(娘

の子供たちー高2-男子、中三-女子にはわたしのことはきちんと話して

くれている)なんですけど、わたしがおうちを出て一人で生活すること

に関して、つれあいと別居することに関しては反対していたので、わた

しが一人で生活することになってからはここ3か月以上、会ったことも

話したこともなかったので、えっ、どうした??って思って急いで電話

に出ました。

 

電話に出ると、開口一番、わたしの身体のことや、手術のこと、癌の

こととか心配してくれて、えー、なんだ、やっぱり娘は優しいなぁって

思ったりして、ちょっとぐしゅとしてしまいました。

 

で、電話の趣旨は、娘の中三の女の子の高校進学のことでした。

この子は中一の夏休み明けてしばらくたってから、朝起きるのが苦手に

なって、起こすのに2時間くらいかかるようになって、お昼前から学校

にいって、給食食べたり食べなかったりして、帰ってくるようになって、

思春期の子供たちに多いそうですが、自律神経系の異常による「起立性

調節障害」と診断され、学校も行っても教室に入れず、サポート教室で

勉強したり、休んだりの繰り返しになってましたが、中二の秋ごろから、

学校側の協力もあり何とか通えるようになって、普通に教室で勉強した

り、自宅でも勉強に励むようになってました。

中三になってからは、普通の状況に戻って、成績も上位になっていたん

ですけど、進学のための高校推薦基準とかでは、いかんせん中一、中二

のころの欠席日数が多くあって、難しく、また、本人も普通高校という

新しいステージの中で、心的ストレスを抱えて、不登校になってしまう

ことへの不安もあり、心穏やかに、ある程度気持ちに余裕をもって通え

る高校にしたいということで、通信制高校の学校見学をしているんだと

いうような、話の趣旨でした。

 

話を聞くと、今の通信制高校って、通学もでき、マイペースで通学回数

も選べたりできるそうで、わたしの持っていた通信制高校のイメージと

は全く違っていました。

娘も本人も、高校だけは卒業させたい、したいっていう気持ちがあるって

いうので、わたしからは本人が心おだやかにゆったりと通える高校が一番

だよと言って、それが通信制という形をとるだけで、通信制高校だから

大学進学の道が閉ざされるわけでもないしねって、言っておきました。

まぁ、お話し聴いて、この二人なら大丈夫!いろいろ悩むだろうけど、

最後には素晴らしい未来に向かっての選択ができるだろうなって思いま

した。

久しぶりに娘とお話しできたことと、きちんと中三の孫娘の進学ことで

お話ししてくれて嬉しかったです。

 

で、今日、期日前投票に行ってきました。

つれあいから、選挙管理委員会から投票所入場券が送られてきているとの

連絡があったので、取りに行ってきました。

わたし、10月12日に転居届を出しているんですけど、新しい住所では、転

入後3か月経過しないと選挙の投票権ができなくて、その間に選挙がある

場合は、前の自治体で投票することになっているんです。

 

で、27日に行けないわけでもなかったんですけど、期日前投票所の受付で

送られてきた用紙を渡すと、パソコンで選挙投票資格の確認をするんでしょう

が、やはり案の定、ご本人ですかの確認から始まって(なんで?もううるさい

わぁって思って、はい本人ですよぅ!)、転出済になっていることで、また

ひと悶着。

よっぽど説明してあげましょうかって思ったけど、最後は管理委員会の人が

お出ましになって、無事受付完了。

 

さっさと、小選挙区と比例区の投票と最高裁判所の裁判官の国民審査の投票

を済ませて、投票所を後にしました。

 

わたし、6月29日にいまのおうちに引っ越してきて、もう3か月以上

経つんだけど、ずっと住所変更をしてなくて、14日以上たってしま

うと、罰金が科せられることになるし、そろそろ住民票に登録されて

いる住所と現住所が違うことでいろいろ不都合も出てきたし、やっと

重い腰を上げて、先日前の市役所にいって転出届を出して、いま住ん

でいる市役所へ行って転入届を出してきました。

もちろん、実際に転居して日にちで届けを出すわけにもいかなかった

ので、つい最近引っ越しましたってことにして、、、。

 

転出届は、市民課から保険課、介護保険課とまわって、わりに

スムーズに終わりました。

住所変更にともなう新しい後期高齢者医療保険者証(以下、保険証と

略します)は○○県後期高齢者医療広域連合(以下、広域連合と略し

ます)から送付されるとのことで、無事届きますように!

介護保険課にまわって、介護保険者証を返却しました。

65歳から第一号介護保険者になって、とくに介護認定もされず、

な~んのお世話になりませんでした。

 

で、新住所の市役所で転入届です。

前の市の人口43万人と比べて今の市の人口は13万人、この差が

市役所の建物と大きさに表れていて、なんかしょぼかったです。

市民課で住所変更の手続きをして、マイナンバーカードの住所変更を

お願いした時に、あっ、そうだ、いまのカードは2015年に発行され

たもので、いまはもう見たくない顔写真になっているし、更新まで

あと一年弱なんだけど、この際再発行してもらうことにしました。

再発行手数料1000円だというし、あの顔写真付きのマイナカードと

お別れできるほうが大事!と思いました。

もちろん氏名は戸籍名のままですけど、、、、

一週間くらいしたら、新しいマイナカードが出来上がって、通知が来

るそうです。

 

で、やっとここからが戦いのお話のはじまりです、、、、、。

今まで、介護保険については、介護認定もされてないし、使うこと

もなかったので、氏名欄のことなど気にもしていなくて、戸籍名のま

まだったんですけど、この機会にこの名前も通称名にしてもらおうと

思って、介護保険課に行きました。

事情を説明して、保険証と同じ手続きで氏名欄を通称名にとお願いし

たら、介護保険証の名前は住民基本台帳(住基ネット?えっ、なに

それ、住基ネットとかカードとかまだ存在してるの??)に紐付けされ

ているので、できません、家庭裁判所で戸籍の変更を、、とのお話が。

 

いやー、戸籍の変更できればとっくにやってますし、できない状況だ

からお願いしてるんですと、

 

ここで、またわたしのやってやる精神に火がついて(こういうことに

は戦う気力がまだある!)、保険証を見せて裏面に戸籍名と性別が記

載されていることや、こういうこともあるかとあらかじめ用意しておい

た、平成29年8月31日付けの厚生労働省の通称名使用に関する通達を

みせて、読んでもらいました。

 

えーっ、通達から7年以上経過しているのに、この人たちは、この通達

の存在すら知らないのかと愕然としました。

さらに、わたしから保険証の時に広域連合に提出した通称名の使用申出

書のコピーやら、その際に提出しなくていけなかった性別違和の診断書

やら、通称名の使用実績のこともお話しして、そのコピーもお渡ししま

した。

結局、45分近くお話しして、なんとかわたしのお願いは受けて頂いて、

介護保険証作成の際の機械のシステムのことも併せて、早急に役所内で

可能性を探りますとのお返事をいただき、連絡をもらうことになりました。

 

まぁ、いい方向なのかなぁ?

戸籍の変更ができれば、なんてことないことなんでしょうけど、できない

人はできないなりに方法をさぐっていくしかないので、こういうことに力

をそそぐことは、一向に厭わない、、、。

 

人口13万人のこの町で、LGBTQ+の人が何人いるのか、65歳以上の人

で、トランスジェンダーといって通称名で介護保険証を発行して欲しいと

いう人はいままでにいなかったのでしょうが、前例がないからという言葉

を言い訳にしないでほしい、わたしはこの年齢で、この先そういった「前例

がない」を少しずつ打ち破って行きたい、そして同じ立場の人たちがこの

年齢になった時にスムーズに事務処理ができるしてようにしていただきたい

とお話ししておきました。

 

 

俳優の西田敏行さんの訃報が今日の午後入った。

突然のニュースでびっくりした。

都内の自宅のベッドで亡くなっていたって。76歳だった。

 

西田さんといえば、なんといっても「釣りバカ日誌」のハマちゃん

をはじめとする数々の映画、テレビドラマで活躍し、そして歌手

としても、わたしは相当前の時代に、松崎しげるさんと一緒に

どこかのテレビ番組に出て歌っていたころの記憶があって、歌が

うまいというか味がある歌い方ができる人だなって思っていた。

 

好きな俳優さん、歌い手さんでした。

 

特に、西田さん福島県出身で、東日本大震災の後のNHK大河ドラマ

「八重の桜」に会津藩の家老西郷頼母役で出演されていて、わたしが

大好きな綾瀬はるかさんとの共演で、毎週楽しみに観ていた記憶が

あります。

綾瀬はるかさん、薙刀やったりスペンサー銃を手にしたりでかっこ

よかった!

西田さん、出演依頼があった時に、ふるさと福島の復興の祈りを込め

てお受けになったそうです。

 

死因はまだわかっていませんが、一時代を築かれた俳優さんたち、

歳を重ねていかれて、永遠の命を持たない私たちは致し方がないこと

なんでしょうが、とくにわたしに近い年齢の方々がお亡くなりに

なっていかれると、さみしいなあって思います。

 

先日も大山のぶ代さんが亡くなったし、、

いまでも、「ボク、ドラえもん」って声が聞こえてきそうです。