今日、同性婚を認めないのは憲法違反と国を訴えた裁判で、

福岡高裁は、同性カップルによる婚姻について法制度を設

けていないことは、同性の人を伴侶として選択する人が

 

幸福を追求する道を閉ざしてしまう

 

ことにほかならないとして、憲法13条「幸福追求権の保障」

に違反しているという初めての判断を示しました。

 

そのうえで、同性カップルの婚姻の法制度の確立や異性どう

しと同じ婚姻制度を認めるよう言及し、法の下の平等を定めた

憲法14条、個人の尊厳と両性の本質的平等を定めた憲法24条

に違反すると判断した。

 

いやー、今日の裁判に対する判決には注目していたけど、まさか

幸福追求権について言及され、それをもって違反だとする判決

になるとは思ってもいなかったので、

 

そうかぁ、人は誰もが幸せを追求できるという意味で、法の下

では平等だもんなぁって思って、おもわず、やったねぇーって

声をあげてしまいました。

 

判決の読み上げ後に法廷内でも大きな拍手が起こったそうです。

 

こうやって、少しずつでも、世の中の人たちの考え方が変わって、

いろんな人たちが暮らしやすい、居心地の良い世界になれば

いいなぁ、、、、って思います。

 

 

 

今日は金曜日、いままでの2週に一度のお注射のパターンですと、

今週はいつものクリニックに行かない日なんですよねー。

 

でも、今日は先週お願いしていた血液検査の結果を聴きに行って

きました。

 

結果は、なんと、驚愕の数値 ! ↓

 

 

予想していたとおり、ひどいもので、  

エストラジオール 10.1(前回9月時34.6、前々回6月時346.2)

テストステロン  11.0(前回9月時15.9)前々回6月時12.3) 

というものでした。

 

表の基準値範囲は男性の基準値なる数値で、テストステロン(男性

ホルモン)は、一般男性の数値より圧倒的に少なくなっているし、

前回よりもダウンしているので、まぁ、よしとするものの(出来れば

10以下になってほしいけど、、)エストラジオール(女性ホルモン)

はいったいなんなの?

6月には346もあったのに。

 

 

↑ 女性の基準値です。もちろんシチュエーションにより、幅は

ありますが、女性化を進めているわたしとしては、外見の見た目だけ

ではなく、この数字がこころの拠り所になるわけで、いくら何でも

この数字は受け入れられない。

 

わたしが、男性機能の復活の兆しとか女性的な気持ちのやさしさが

かけてきていると感じたのは、ただそう感じていただけじゃなく、

実際に体の中では、そういった変化が現れてきていたんだなって思い

ました。

 

先生に、

「ある程度予測はしてましたけど、2週間に一度のお注射を始めた

8月から4か月で、ここまでの数値に落ち込むとは思ってなかった

です。」

といったら、

先生も、

「そうだねぇ、こず〇さんとしては、ちょっと?ってなるよね」

っていってもらえました。

わたしとしては、

「エストラジオールは200くらいは欲しいです」

って、言ったら、

先生は、

「そこまでは、、、、、??」

って笑ってました。

 

先生も、わたしが今までにお話していた、感じる体調の変化の兆しなど

にも理解して頂いていて、

 

「こず○さんの、気持ちが収まるところにするのが一番だからね」

 

と言って頂いて、やはり、先週金曜日のブログ記事に書いたとおり、

今日から、毎週1回プロギノンデポー10mlを1アンプルお注射すること

になりました。

 

お注射108回目でした。

 

今の街に一人で住み始めてから5か月。

ふっと、わたしは今までの人生、何回引越を繰り返してきただろうか

と思い、整理してみました。

 

大学入学を機に故郷を離れて一人、はじめての4畳半の部屋での下宿

生活(1回目)。

 

学生時代に1-2年と3-4年の校舎の場所がが違っていたため、2回目の

引越。

 

大学を卒業して就職の際に引越(3回目)、2年後、成田空港開港で

勤務地移動のため引越(4回目)。

 

その2年後シンガポールに転勤。(5回目)

当時の会社には海外の支店で一年間仕事の実習をする海外実習生制度と

いうものがあって、一年間の実習。思い返せば、いい会社だったんだ

なぁ、、、

 

帰国の辞令で転勤(6回目)、結婚。

その後、大阪転勤(7回目)。大阪勤務中に一度引越(8回目)。

 

その後東京転勤で引越(9回目)。

東京勤務中に、うちを建てて、引越。(10回目)

うちを建てると転勤になるというジンクス通り、2年後イタリアのミラノ

勤務を命じられて転勤(11回目)、家族一緒にイタリア生活。

途中で一度引越(12回目)。

 

帰国辞令を機に脱サラを決意して、うちに戻る(13回目)。

その後、息子夫婦との2世帯生活を始めるため、うちの建替えで引越

(14回目)、建替え後、新住居に引越(15回目)。

 

そして、今年の6月29日から一人身生活のはじまりで、今のアパートへ

引越(16回目)。

 

建て替えたうちで、2世帯での生活を始めたときには、もうさんざん

引越を繰り返してきたので、もう引越はしないとこころに決めていた

はずだったのに、まさかこういう展開になるとは夢にも思わず、わたし

の人生の中で自分を見つめ直して、新しい自分を見つけ出してしまった

ので、ここを終の棲家として、残りの人生、何年あるのか知る由もない

けど、あくまで自分らしく、生きていこうと思います。

ある意味、自分を見つけられてよかったと、、、、。

 

いい街なんですよ、ここ!

今まで住んでいた街は人口43万人、この街は13万人。

こじんまりとしていて、医療機関もほぼ徒歩圏内(HRTは車で8分)、

日々のお買物にも不便はないし、静かで落ち着いた街って感じです。

大正から昭和初期にかけては、著名な作家や文化人が居を構えたり別荘

を建てたりしていて、白樺派の拠点になってた時期もあるんですよ。

おいしい老舗の鰻屋さんもあるし、一年に一度くらいは贅沢してうなぎ

食べたいです。

大体場所がわかっちゃうかなぁ、、、、、

 

住み始めて5か月、いまこの街で暮らしていこうって思います。