飛び散ったガラスの破片が継母の頭に突き刺さり、骨まで達していた。
頭の皮膚は厚くまた、血管が豊富で血が止めにくく、かなり縫うのに時間がかかったようであったが、ガラスのかけらが残ることもなく、また化膿もせずに傷は順調に治ってきたようだった。
顔でなくてよかった、目に刺されば失明するところだったなどと、父や周りの人々に何度も耳にタコができる程言われて落ち込んでしまい、あまり外にも出たくなくなり、閉じこもりがちになり投球の練習など怖気を震って思いもしなくなった。
その時一番慰め励ましてくれたのは斉藤修二というお名前だったとおぼえているが、その担任の先生だった。
小柄ではあったが、スポーツマンでまだ若い方であったが、子供の気持ちの読み取り方が上手で、決して強制することなく教導して下さる方であった。
「近頃,投球練習していないね、どうかしたの?」と聞かれて、斯く斯く云云(かくかくしかじか)と話すと、ちょっと考えてから「学校へ来る気はないのかね」と言われた。
首を横に振ると、しばらくして「じゃあ、違うこと考えたら、いいかなあ」と言われ「自分が好きでやりたいと思うことが良いんじゃないかな」という言葉を残して帰られてしまった。
取り残されて、少し悲しい気持ちでどうしよかと考えた。
次回に続く![]()