それから毎日来る日が楽しく大雨でも降らないかぎりは、疲れ果てるまで投げ込んだ。
疲れると二階の板の間で赤穂誠忠録を読みふけり、それに飽きるとまたまた投球練習をつづけた。
家人もいうことをきかないので半ば諦めて口出ししなくなったが、担任の先生は毎日学校の帰りに立ち寄り黙ってピッチングを眺めてストライクが決まるとナイスボールなどと声をかけてくれたりする。
こちらもそう云われると気分がよくなり、だんだん返事したりして笑いもでるようになってくる。
とにかく,根気よくねばりと熱意のある先生であったことはまちがいない。
子供の心理状態をよく観察して理解し学校へ来なさいの、一点張りではかえって反発をかうばかりで拒否の気持ちをたかめるのみだと、判断したのであろう。
昔の先生には時間的なゆとりもあったかもしれないが、良い子供を育てようとの使命感に燃えていたのではないだろうか。
そのような少し落ち着いた日々が続いたある日アクシデントが起きてしまった。
次回に続く![]()