私の子供時代(登校拒否)1
家庭の事情で小学校1年2学期には大都市の学校へ転校し、2年の初めにはまたもといた田舎の学校へ戻ったことが何となく気持ちのうえで負担に感じていたのかもしれないけれど、それはある種のインフェリオリテイコンプレックス近いものであったのだろう。
3年生になってから学校へ行きたくなくなってしまったのである。
これは自然発生的で今考えてみても不可解なのだが特別ないじめが有った記憶はない。
強いて言えば同級の可愛い女の子と仲良しだと囃し立てえられ、其のことを気にしたのかもしれない。
担任の先生が家庭訪問しては説得に来て下さると、二階のベランダから直ぐ隣の廃屋の屋根に逃げ登り、誰も来られない所へはいってしまい出てこないという抵抗をしていた。
父母や先生も怖くて登って来られない場所だった。
あきらめて先生が帰るとおもむろに二階の板敷の自分の好きな場所へ戻り家の本棚から一番厚いのをとりだす。
これがなんと赤穂義士誠忠録なのだ。
次週へ続く![]()