フィレンツェ観光ガイド 加藤まり子 in 東京 -33ページ目

フィレンツェ観光ガイド 加藤まり子 in 東京

フィレンツェ観光ガイドの資格を2016年に取得しました。
現在は都内で美術の鑑賞の仕方を教えています。
詳しくはホームページから。
http://mariko-no-heya.com/

Buon giorno♪

 

週末なので、女子ゴコロくすぐられるお店を紹介します♪

 

 

 

 
 
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フィレンツェ名産のお土産といえば日本にも出店しているサンタ・マリア・ノヴェッラ薬局が有名です。
 
 

サンタ・マリア・ノヴェッラという教会で修道士さんたちが薬草を調合していたのがこの薬局の始まりです。
 
 
先日の記事でも触れたヘルマン・ヘッセの「知と愛」という本でも修道士が薬草を育てているシーンが描かれます。

 

 

 
昔の修道院ではこのように薬草を育てて調合するというのが仕事の一つだったんですね。今でもこの伝統は受け継がれており、その中で世界的に有名になっているのがサンタ・マリア・ノヴェッラ教会の薬局なんです。
 
 
 
フィレンツェにはそれ以外の教会の薬局もあります。
ドゥオモの少し北に位置するサンティッシマ・アヌンツィアータ教会の薬局も伝統的な調合を守っています。
 
 
 
 
 
 
そして今は営業していませんが、フラ・アンジェリコの壁画で有名なサン・マルコ寺院にも伝統的な薬局がありました。
 
 
 
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そんな自然の恵みを元に作られたコズメティックスはフィレンツェの街中でも見られます。
 
 
彫刻で有名なバルジェッロ美術館のすぐ側にあるのがこちらのサン・シモーネ薬局。
 
ルーム・フレグランスいい香りがしそうです♡
 
 
 
 
コズメティックスももちろんハーブティーも各種置いてあります。
 
 
 
今回は "Orange" という名前のハーブティーと自然派化粧水をいただきました。
 
 
 
有名どころももちろんですが、フィレンツェならではのお土産にいかがでしょうか?
 
 
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Via Ghibellina 190r
月~土:10:30~19:30 (土~19:00)
 
 





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芸術系の記事が続いたので少し息抜きに美味しいごはんを紹介します♪

 

 

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メディチ家の菩提寺サン・ロレンツォ教会に属するメディチ家礼拝堂。

以前紹介したフィレンツェの芸術を救ったアンナ・マリア・ルイーザが眠るのもこの場所です。

 

 

この近くにはフィレンツェの中央市場があり、イタリアの美味しい食材を手に入れることができます。

 

 

そんなフィレンツェの食と芸術の中心に前からずーっと気になっていたお店がありました。今回はそのレストラン Cipolla Rossa のご紹介です。

 
 

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以前にも少し触れましたが、食いしん坊レーダーが働く時があります。
食いしん坊レーダーについてはこちら↓
 
 
この Cipolla Rossa もその一つ。
一度来てみたい!と思っていたのですが、念願叶って機会が訪れました!
フィレンツェっ子が企画したディナーでこのお店で食べることになったのです。
 
 
中はこんな感じで明るい雰囲気です。
そしてウェイターのお兄さんがオトコマエでした(←重要ポイント)。
 
 
 
 
まずはみんなで前菜をシェアしました。
こちらは豆をオリーブオイルで和えたものをパンの上に乗せています。
 
 
 
前菜は3種類。
 
・前述の豆をオリーブオイルで和えたもの
・生ハムをチーズの上に乗せたもの(美味!)
・鳥肝のペースト(トスカーナの名物)
 
 
これがこぼれんばかりに大きなパンの上に乗っています。
これだけで十分お腹いっぱい・・・。:.゚ヽ(´∀`。)ノ゚.:。+゚
 
 
ですが、あくまでも前菜。その後こちらのパスタをいただきました。
 
グリーンニョッキのトリュフ和え。
こちらも濃厚で美味しい!
キャンティ・ワインにもぴったりでした♡
 
 
今回企画してくれたフェデリーコ(左)は生粋のフィレンツェ人。
彼曰くフィレンツェ人とイタリア人は違うそうです(ノ´▽`)ノ
 
彼の妹さんは地元のガイドさんなんですが、彼女がオススメのお店だそうです。
ガイドさんはお仕事で美味しいお店をたくさん知っています。
そんな彼女がオススメのお店。どのお料理も美味しくいただきました(*^▽^*)
 
 
 
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Cipolla Rossa 
Via dei Conti 53R
営業時間:12:00~23:00
無休
 
 





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Buon giorno♪

 

ますます趣味の様相が濃くなってきたこのブログ。

今回は中世のキリスト教絵画を通して現代文学を読み解きます。

 

 

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みなさん「デミアン」という本をご存知でしょうか?20世紀ドイツの文学者ヘルマン・ヘッセの作品です。

 

デミアン (新潮文庫)デミアン (新潮文庫)

497円

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ヘッセというと「車輪の下」が有名です。

残念ながら「車輪の下」は読んだことはありません。

しかし「デミアン」は無人島に持って行きたい私のバイブルの一冊。

 

「デミアン」は自分の中の善と悪を統合させていくようなストーリーです。

ポイントは善と悪の統合というか超越であって、悪の克服では決してない点です。

というかむしろ自分の中の悪を善と同じくらい受け入れる、といった方がいいでしょうか。

 

主人公エミール・シンクレールの学校にある日、大人びた転校生が入学します。

デミアンは母親と住んでいるのですが、当時の一般的なドイツの価値観とは違う価値観で生活しています。

 

学校の宗教の時間の後にデミアンがこんなことを言います。

「キリストの磔刑の時に改心した罪人より、罵った方の罪人の方が信頼できる」

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サン・マルコ寺院の壁画より。

 

この絵では少しわかりにくいのですが、向かって左の人には光輪があり、右にはありません。

 

 

 

 

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このデミアンの言葉を理解するために少し聖書を見てみましょう。

 

 

 

新約聖書のルカの福音書によるとゴルゴダの丘でキリストが十字架に架けられている時、キリスト以外に2人の罪人も十字架に架けられていました。一人は民衆に便乗してこう言います。

 

 

「あんたがユダヤ人の王だったら自分自身を救って、ついでに俺たちも救ってくれよ」

 

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キリストの右の人。

 

 

 

 

それを聞いた左の罪人は

「俺たちは罪を犯したからこうなっても仕方ないけど、この人は何にも悪いことしてないんだぜ。キリストさん、あんたが天国に行ったら俺のことも思い出してくれよな」

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キリストの左の人のセリフ。

 

 

 

それに対してキリストは「あなたは今日私と一緒に天国にいますよ」と言います。

 

 

 

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従来のキリスト教ではこの左の人は犯した罪を反省し許しを乞うたとしてキリスト教の教えに帰依した人として扱われます。

 

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実際にそれに異議を唱える人はないでしょう。

しかしヘッセはデミアンに冒頭のように言わせるのです。

デミアン曰く、

「途中でいい人ぶった人なんかより悪を貫いた人の方が信用に価する」と。

 

 

 

ヘッセが「デミアン」を書き上げたのは1919年。

第一次世界大戦が終わった直後です。

この戦争はヘッセに多大な影響を及ぼしたと言われています。

 

 

彼の人生や思想が作品に色濃く反映されたのはもちろんですが、時代的背景も重要です。

 

 

同じドイツ出身のニーチェが「ツァラトゥストラはかく語りき」を書いたのは1885年。有名な「神が死んだ」はこの本からの出典です。この時点でもうキリスト教の行き詰まりが感じられていたのだと思います。

 

 

ドイツで機械の大量生産を後押しする第二次産業革命が起き、ドイツ帝国が建国され拡大まっしぐらの時代。ルネサンスで人間に光が当たってからその力はどんどん大きくなり人間の力過信とも言われるような現象が起きていました。

 

 

もはや従来の宗教には人は救いを求められなくなっていたんですね。そこで少しずつ表に出てきたのが「黄金の夜明け団」を始めとする自分に神性を見出す動きが出てきます。ニーチェもツァラトゥストラの中で力を肯定する「超人」になることを提唱します。「超人」とは死後の神の世界ではなく今生を生きることを肯定する人です。

 

 

その後帝国主義はさらに拡大し、第一次世界大戦に発展。大戦中は第二次産業革命で拡大した大量生産大量消費が最大限に利用されました。それまでの戦争になかったような兵器で死んでいく人たち・・・人間の欲望が拡大した結果の惨劇。そんな中でヘッセがデミアンを通して人々に新しい「生きる」という意味を与えたのだと思います。

 

 

 

 

 

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イタリアでは至る所で目にする宗教画ですが、もともとは文字が読めない人たちに聖書を説明するために描かれました。本来は偶像崇拝禁止でした。16世紀以降の宗教改革ではそれが守られ、人の姿ではなく静物画を通してキリスト教の教えが説かれるようになりました。

神様(一番上)を人間の姿で描くのも本来の教えからは外れているそうです。

 

 

 

現在は美術品となってしまった絵画ですが、もともとは信仰の対象として使われていたものです。その頃に戻った気持ちで内容を読み解きながら見るとまた新たなものが見えてくるかもしれません。

 

 

「デミアン」のように聖書は現代に至るまで文学などに大きな影響を及ぼしています。膨大な量がある聖書を読むことは難しいですが、絵画を手掛かりに現代文学を読み解いていくのはいかがでしょうか?

 

 

 

 

 

​Buon giorno♪

タダで巡るフィレンツェの名品紹介。

 

アンドレア・デル・サルトが描いたセピアの壁画が残るスカルツォの回廊を2回にわたってお届けしています。

前回は画家のデル・サルトの紹介をしました。

2回目の今回は描かれた内容、洗礼者ヨハネの人生について解説します。

 

 

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洗礼者ヨハネはキリストに洗礼を授けた人としてキリスト教ではとても重要視されます。

この人がいなければキリストは洗礼を受けず、キリスト教自体が生まれることがなかったかもしれないからです。

 

 

 

洗礼者ヨハネはキリスト教画に描かれる聖人の中でも登場率トップクラスです。

成人後の姿はもちろんですが、聖母子像に子供姿で登場することもあります。

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ラファエロの「ひわの聖母」
 
 
キリストはキリスト教で旧約聖書の預言に出てくる「救世主」とみなされています。
その「救世主」が現れる前に先導者のような役割の人が現れる、と旧約聖書に記載があり、洗礼者ヨハネはその人物とされることがしばしばあります。
 
 
 
なのでこんな感じでキリストを指差してるんですね。この人が救世主ですよ、って。
この図の有名どころでいうとルーヴルにあるダヴィンチの「洗礼者ヨハネ」があります。
 
 
 
 
 
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さて、前置きが長くなってしまいましたが、スカルツォの回廊に描かれている素描に沿って洗礼者ヨハネの人生を辿ってみたいと思います。
 
 
 
洗礼者ヨハネの人生はルカによる福音書に詳しく書かれています。
 
 
 
ユダヤ教の祭司ザカリヤとその妻エリザベツの間には長い間子供ができませんでした。
ある日ザカリヤが神殿でお香を焚いていると天使が現れます!
驚くザカリヤ。対して天使は「驚かないで。あなたとエリザベツの間に男の子が生まれます。その子をヨハネと名付けなさい」と伝えます。
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ザカリヤの前に現れた天使を描いた図。
 
 
 
しかしザカリヤは「そんなことはありえません!だって私も妻も年老いています!」と訴えます。それを聞いた大天使ガブリエルは「これは神様のご意思ですよ。神様を信じるまであなたは口をきけなくなります」といって去って行きました。
 
 
 
その6ヶ月後、同じ天使ガブリエルは今度はマリアの前に現れてこう言います。
「おめでとう、恵まれた方。あなたは神の子を身籠もります」
ですが、やっぱりマリアも半信半疑。
「どうしてそんなことがありえるでしょう?私はまだ結婚していません」
それに対してガブリエルは「あなたの親戚のエリザベツも老年ですが身籠もりました。神様にできないことはないのです」と説明します。
 
 
 
それを聞いたマリアは天使の言葉を受け入れ、エリザベツの元を訪れます。
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左がマリア、そしてそれを迎え入れるエリザベツ。
この2人のお腹にはキリスト教上とっても大事な2つの命が宿っているのです。
エリザベツはマリアに「お腹の子も喜んでいるわ」と伝えます。
 
 
 
 
月満ちてエリザベツは男の子を産みます。親戚が「お父さんと同じザカリヤと名付けましょう」というのですがエリザベツは「ヨハネです!」といって譲りません。そこでザカリヤに聞いたところ書き板に「ヨハネ」と書きました。
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右側でザカリヤが子供の名前を書いています。
「ヨハネ」と書いた途端、ザカリヤは口がきけるようになったのです。
 
 
 
大きくなったヨハネは荒野で修行していました。
ラクダの毛皮を着てイナゴを食べるだけの生活。
人々は「この人こそ救世主にちがいない!」と口々に言い合うのですが、当のヨハネは「私より後に来る人が本当の救世主。私はその人の靴の紐をほどく値打ちもない」と言います。前述のヨハネが指を指しているのもここから来ています。
 
 
 
ですが、当時は一番の洗礼者だったヨハネ。キリストも彼の前に現れて洗礼を受けようとします。それを見たヨハネは「私があなたから洗礼を受けるべきなのに、どうしてここにいるのですか?」と問います。しかし、キリストは「今はあなたから受ける必要があるのです」といって洗礼を受けます。
 
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これがそのシーン。キリストの洗礼とわかるのは上に必ず聖霊を表すハトがいるからです。そして横には天使が2人。この図はヴェロッキオやデッラ・フランチェスカでも同じ構図です。
 
 
 
ここで思い出したいのが2人の出生です。
どちらも神の恵みによって生まれました。
しかし2人の決定的違い(キリスト教において)はヨハネが神の祝福を受けてザカリヤとエリザベツの間に生まれた人の子であるのに対し、キリストの父は神。キリストは地上に生まれた神の子供なのです。
 
 
 
愛を説いたキリストと比べるとヨハネは律法(ユダヤ教の教え)を守ることを説きました。
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彼の矛先は当時の為政者ヘロデ・アンティパスにも向けられます。
「あなたは兄弟の奥さんと結婚しましたが、それはユダヤの教えに反します」
そう言われたヘロデはヨハネを捉えて牢屋に閉じ込めます。
本当のところは民集の熱烈な支持を得ていたヨハネの政治力を心配したんじゃないかと思います。
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捉えられるヨハネ。真ん中が王。その隣にいるのが妻のヘロデア。
 
 
 
 
為政者の権限を見せるにはヨハネを野放しにしておくわけにはいきません。
しかし、ヨハネに何かしたら熱狂的にヨハネを支持する民衆の反感を買うことは必須。
ヘロデは決めきれずに決断をずるずる引き延ばします。
 
 
フロイト的に言うとこのヘロデ・アンティパスって父親コンプレックスがあった気がするんですよね。お父さんは偉大&バイオレントだったんですが、息子の方はおそらくいたってフツーだった。だからヨハネを警戒し、民衆を恐れたんじゃないかと。
 
 
 
 
そんなある日、ヘロデは自分のバースデー・パーティーを開きます。
そこで妻ヘロデアの連れ子サロメが華麗なダンスを披露します。
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「おお、娘よ、なんてよく踊った!なんでも褒美を取らせるぞ!」
お義父さんは嫁の前でいい格好もしたかったのでしょう、こんなことを言います。
 
 
 
しかし、サロメはまだうら若き少女。
「お母さん、お義父さんがああ言ってるけど何もらったらいい?」
それに対してヘロデアは「ヨハネの首っていいなさい」と囁きます。
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王の左にいるのがヘロデア。黒幕です。
 
 
 
 
「お義父さん、ヨハネの首を盆に乗せて持ってきて欲しいんですけど・・・」
 
 
マジで?( ̄□ ̄;)!!

 

 

とヘロデは思ったでしょうが、パーティーに来たたくさんの人たちの前で約束したことです。為政者たるもの二言は禁物。

「ヨ、ヨハネの首を盆に乗せて持ってこい!」

と命令します。

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当時のイスラエルはローマ帝国の支配下。ヘロデもローマ帝国の一領主にすぎません。民衆の支持を得ているヨハネを閉じ込めたままでいることは、親分のローマ帝国にも申し訳が立たなかったからこの機会を利用した、と見るのが実際には正しいでしょう。

 

 

ヨハネの首を盆に乗せている図。誕生日プレゼントとしてあまり嬉しいものではない気がしますが・・・

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このストーリーは時が経つにつれてサロメに焦点が当たるようになりました。

その中でも大きかったのが19世紀末のファム・ファタール・ブーム。

ギュスターヴ・モローの絵ではエキゾチズムたっぷりのサロメが描かれます。

 

 

そしてファム・ファタール「サロメ」の名を不動にしたのがこちら。

 

 

「お前の口に口づけしたよ、ヨカナーン」

Aubrey_Beardsley_-_T

("J'ai baise ta bouche" Wikipediaより)

 

 

オスカー・ワイルドの戯曲「サロメ」です。

彼は聖書のストーリーを大胆に編集して彼独自の「サロメ」を作りました。

 

 

サロメの詳細についてはこちらをどうぞ。

天国への門が開いた!Part 8☆洗礼者ヨハネとサロメ

 

 

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サン・マルコ寺院からも程近いスカルツォの回廊。

楽しんでいただけましたでしょうか?

無料で入れるこの隠れた美術館、ぜひ足を伸ばしてみてください。

 

 

スカルツォの回廊

Via Camillo Benso Cavour, 69

開館日:月、木、土(第1&3&5)、日(第2&4)

開館時間:8:15~13:50

 

 

 

 





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Buon giorno♪

 

 

ウフィツィやアカデミとアフィレンツェには有名な美術館がたくさんあります。

でもあまり知られていないけど名品を鑑賞できる美術館もあるんです。

今日はその中の「スカルツォの回廊」を紹介します。

 
 
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フラ・アンジェリコで有名なサン・マルコ寺院。
 
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この教会をもう少し北に行くと見過ごしてしまいそうな小さな入り口があります。
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スカルツォの回廊と呼ばれるこのスペースにはルネサンスの画家、アンドレア・デル・サルトの素描の壁画が残っています。
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洗礼者ヨハネを祭った修道院の回廊として建てられたこちら。
壁画では洗礼者ヨハネの人生が綴られています。
 
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(洗礼者ヨハネの人生については後編でお届けします。)
 
 
 
 
 
こちらが画家のデル・サルトの胸像。入り口の上に飾られています。image
 
 
 
 
 
左に「信仰」の擬人像として描かれているのが彼のつれない奥さんルクレツィアです。
死後デル・サルトが待ち望んだであろうツーショット♡
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デル・サルトとルクレツィアの恋についてはこちらをご参照ください。
 
 
 
 
 
日本では知名度が低いデル・サルト。ラファエロと同時期の画家です。
イタリアでは「失敗のない (senza errori)」画家として知られています。
 
 
 
 
1500年代前半はローマのサン・ピエトロ大寺院の再建で、イタリア中の芸術家たちがローマに集結します。
そんな中で彼はフィレンツェの伝統を守り続けました。
 
 
 
彼の最高傑作と呼ばれるのがこちらの「ハルピュイアの聖母」
IMG_1885
 
ウフィツィに収められています。
 
 
 
彼の作品には独特の「甘さ」と「妖しさ」を感じます。
IMG_1888
柔らかくて可愛いけど、どこか妖しい雰囲気を漂わせる天使たち。
(指が入ってしまいましたm(_ _)m)
 
 
 
 
「ハルピュイアの聖母」も足元がこんな感じ。
IMG_1887
この怪しい生き物がいることから「ハルピュイア」と呼ばれるそうです。
(実際はヨハネの黙示録に出てくるイナゴ)
 
 
 
 
 
 
ダヴィンチのスフマート技法もしっかり取り入れられています。
IMG_0873
 
 
 
 
ちょうど彼の活躍した1500年代前半は「グロテスク」という様式が流行った頃です。
向こうに見える柱がグロテスク様式。唐草模様と半人半獣のようなモチーフが描かれています。
 
 
 
そんな雰囲気をたっぷり醸し出しているのがこの画家の特徴。
そしてそれまでの初期ルネサンスがしっかりとした線で描かれているのと比べると、ヴェネツィア派のような柔らかい色使いを感じます。
 
 
 
それが彼の弟子たちのポントルモやロッソ・フィオレンティーノといったマニエリスムの巨匠たちのフォルムや色使いに引き継がれていきます。
弟子のポントルモの「キリスト降架」
 
 
 
 
ルネサンスからマニエリスムの橋渡しとなったデル・サルト。
彼自身の作品ももちろん、後世への影響も大きい画家です。
 
 
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次回は「スカルツォの回廊」に描かれた壁画を通して洗礼者ヨハネの人生を辿ります。
 
 





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