以前、「リビングにいられない」ーー。
リビングにいても落ち着かないという声が
幾つかあることをブログに書きました。

私も似たような悩みがありますが、
それについて、昨日ご紹介した羽仁もと子さんの
同じ本の中に、こんな記述を見つけました。

「(略)西洋の家は、一と部屋一と部屋に隔てが
厳重なので、無風流なかわりに、家中のものが
相互いに時間を守って、せっせと仕事をするには、
大層都合がよいのでございます」

「日本の家は締め切っても部屋と部屋の間は
襖一重で、話し声は手にとるようにきこえますし、
もともと多くは開け放して生活するふうなので、
手紙一つ書こうと思っても、子供たちがその
あたりをちょろちょろするのが目にいりますし、
縫い物をしていても、台所の話に耳をとられる
ようなわけで、あちらこちらに気が散るせいか、
仕事はすべてはかどらない上に、これということも
しないのに、心身ともに疲れます」
「羽仁もと子著作集 家事家計篇」婦人之友社刊

子どもが乳幼児の頃、まるで身にまとうように
子どもを育てていた時期には、
子どもの様子がいつも目に入るような暮らしが
よかったのですが、
子どもが小学校高学年になってきて、
私も自分の時間に集中してやりたいことが出てくると、
自分1人になれる空間と時間が欲しくなってきます。

それに対して羽仁さんは、日本風の借家に
住んでいても、一家の個人の生活の時間を決めて、
主婦が茶の間にいても、誰にも侵入されないように・・
という解決策を提案しています。

まったくおっしゃる通り!!
ただ、それを実現するには、基本はやっぱり
空間のオーガナイズができていること、
そして自分自身の時間のオーガナイズが
できていること。

まずは自分から。
う~ん、頑張ります!!

今日もお読みくださり、
ありがとうございます。

昨日、友人と話していて、
婦人之友社刊の
「シンプルライフをめざす整理収納インテリア」が
すごい!!
ということで意見が一致しました。

何がすごいって、
ぐるりと生活全般に目が行き届いているからです。

この本のもとになった友の会もすごい!!
ということでも意見が一致。
(友の会〈全国友の会〉とは、
ご存知の方も多いと思いますが、
雑誌「婦人之友」の愛読者から
生まれた団体です)

それをさらにたどっていくと、
羽仁もと子さんの著作集があります。
初版が1927年(昭和2年)となっていたので、
今から90年ほど前に書かれたものです。

え~、随分前に購入して、一度は読んだのですが、
内容がこれまた凄すぎて、本棚の奥に鎮座。

さきほど、恐る恐るページをめくってみたら、
やっぱり、今でも通用する考え方が
述べられていました。

オーガナイズに即、関係のある
「家事整理の実際」の章には、
「ガラクタのない家」について書かれています。

「家事がうまくいかなかったら、
まず家の中のガラクタを整理すること」
(要旨)

「家の中にちっともガラクタがなく、
よい道具だけ少しあって、
その置き場所が、
ちゃんときまっている。
すなわち茶室のような家では
なくてはなりません」
(「羽仁もと子著作集 家事家計篇」
   婦人之友社刊)

ガラクタがあると、
家族にどういう影響があるのかまで
言及されています。

冷や汗たら~。

生活のあらゆる面に、
考え抜かれた身の処し方が
書かれているので、
引き続き読んでいきますが、
身を引き締めて、
住まいを整えたいと思います。

今日もお読みくださり、
ありがとうございます。


ここ数ヶ月、和辻哲郎の本に耽溺しております。

と言っても、主著というより、人となりのわかる本
ばかり読んでいますが、
その中の一冊、「自叙伝の試み」(和辻哲郎著)で、
片付けについての一文を見つけました。

「わたくしの生れた家」という章に、
彼が子どもの頃、居間や寝室として
使っていた六畳間の描写があります。

「この六畳の部屋には、西側の壁添いに箪笥が
一つだか二つだか置いてあって、
そのあたりがいつも何かしら散らかっていた。
また北側の茶の間よりの隅に、
小さいがしかし背の高い置戸棚が置いてあって、
そのあたりにも帳簿とか本とかが堆積していた。
(中略)
やや長じて後、この部屋をもう少し片付けたら
よかろうにと思ったことはあるが、
しかしその時でもこの部屋の狭さを強く感じた
ことはない。多分、赤ん坊の時以来慣れていた
せいであろう」
(「自叙伝の試み」和辻哲郎著、中央公論社刊)

これは、彼が3、4~10歳ぐらいまで
過ごした部屋についての描写です。

自叙伝を書いたのは、彼の晩年なので、
実家の一室が片付いていなかったことを、
彼は、ずーっと覚えていた(!)
ということになります。

念のため、彼の母親は医家の仕事も手伝い、
家事も現代では想像できないほどのことを
こなしていました。
竃で料理しながら、家族が着る物を紡いだり
織ったりもしているので、私から見ると、
スーパーウーマンです。

しかし、小さな男の子は、
自分の小宇宙とも言えるような部屋を見て、
「散らかっている」
と感じていたのです。

・・・うちの場合、息子の視線で見たら、
どんな風に見えるのか?

息子の生活を見ていると、将来、
このような本を書くとは思えませんが、
「僕が毎日を過ごした部屋は
いつもきれいで気持ちがよかった」
ーーなんて思い出してもらえるのか?

「お母さんの机の上はいつも
ごちゃごちゃで、
何があるのかわからなかった」
ーーそれが思い出だったらどうしよう!?

読書の秋とはいえ、
それは片付けと掃除の後!
これから拭き掃除です!!
(あ、もう夕食の時間なので、
食事が済んでから、プチ掃除!)

今日もお読みくださり、
ありがとうございます。