さばをのなまぬるい闘病-kamo


教室いっぱいの生徒に、もちろんさばをはびびりまくりだ。




さばをがここで恥をかくのはしょうがないが、




さばをを講師として紹介してくれたカロさんに恥をかかせるわけにはいかないな。




英会話で重要なのは、一つ一つの単語をきっちり発音することや、




文章を正確に組み立てて口にすることではない。




伝えたい内容を英語らしいリズムにのせて、つけるべきところにストレスをつけて発音し、




相手にわかってもらうことだ。




そのポイントなら、さばをにも教えられるはずだ。




電話応対なら、2~3のフレーズを覚えれば対応可能だ。




英語に縁のなかった人が、履歴書に”英語の電話対応可”と書けたら、




若干の彩りになるだろう。




さあ、最初のフレーズだ。




舐められちゃいけねえ!と一気に読み上げる。




ぽかんとする教室、しばらくしてざわつきが・・・。




”なに?”




”早すぎるよ”と、カロさん。




リズムとノリをつかんでもらおうと思ったが、そうか早すぎるのか、




意外な発見であった。




急遽、ホワイトボードにフレーズをルビ付で書き、




3~4単語おきに区切って読み上げ、後から続いてもらうようにした。




基本のやり取りでは、2人ペアになってもらい、発表会形式に。




不在等、いろんな理由の言い回し、折り返しなどの対応・・・




6枚きりのテキストで持つだろうかと心配だったが、




生徒の皆さんから、率直な質問が飛んでくるし、




みんな真剣なのが伝わってくる。




気がつくと夢のように2時間が過ぎて、




大盛況のうちに終わっていた。




もちろん、要所要所でのカロさんの絶妙なフォロー、




そして何より、これからスキルを身に着けて、新たな職を得ようと希望に燃えているであろう、




生徒の皆さんのやる気、




それらがこの授業を充実した物にしてくれたのだ。




当初のさばをの心配をよそに、今後の授業のスケジュールも無事決まった。




もちろんホッとしたよ。




カロさん以外の講師の皆さんにも、フレンドリーに接してもらったし。




こんな柔らかい空気に包まれたのは何年ぶり・・・?




帰国してからずっと、就職活動では挫折と幻滅を味わい、




結構、辛酸を舐めたもんだな~。




すっかりいじけて、ささくれだって、卑屈になってた。




そんな腐った気持ちが、成仏していったよ。




とはいえ、




今日のできは、惨憺たるもの。




リズムとノリで覚えてもらうはずが、さばをのアクセントは壊滅状態。




もっと勉強しなきゃ。




手術、療養後の目標ができてよかった。








































”ビジネス英会話の講師を探している”と、



知り合いのカロさんから突然の電話があったのは、




正月休みもそろそろ終わろうという頃だった。

さばをのなまぬるい闘病-kagami


カロさんは、パソコンスクールを経営しているバリバリのキャリアウーマンだ。




さかのぼること5年ぐらい、




職業訓練校のPCコースで、偶然席が隣同士になったことが、




知り合いになったきっかけだ。




この3年程、音信不通だったため、




突然の電話と、その内容に、さばをがビビッタのは言うまでも無い。


さばをのなまぬるい闘病-zou



イギリスから戻って早幾年、いまでは日常英語を使うこともなく、




栃木の田舎で、しょぼくパート事務をこなしているさばをには、




”とても人様に教えるレベルではありましぇん”




”難しいことはいいの、電話応対とか教えて欲しいんだ”




生徒は誰も仕事で英語を使ったことはないらしい。




一刻も早く、生徒募集の広告に、




”英会話コース有り!”と表示したいカロさんに押されて、




話だけでも・・・・聞きに行くことに。




世間が仕事始めの5日、




一応、電話応対に必要な言い回しを、




想定されるシチュエーションごとに6枚のテキストにまとめて向かった。




もちろん、未だ自信無し。




英語講師なんて無理に決まってる。




もともとイタリアやイギリスに留学したのは、海外生活を体験してみたかったから。




長期滞在には学生ビザの取得が必須だ。




それと、かの地で生活するには語学の習得も必須だ。




という訳で語学学校に通い、まじめに勉強したのだ。




(もちろん語学学校では語学以外にも、得る物はたくさんあったけどね。)




そして帰国後、長い長い就職活動を行うわけだけど、




履歴書に”スキルアップのため留学して語学を勉強しました”




と書いたのは便宜上。




こんな英語力だけで良い仕事に就ける訳無い、ということはわかってた。




予想通り、英語関係の仕事は、怪しいホテルのフロントや、




派遣の不安定な仕事ぐらいだった。




そういや、E○C子供英会話講師でさえ不採用だったな~。




もやもやと後ろ向きに考えながら到着した、カロさんのスクールは、




かつて、よその事務所の一部屋を借りて、




講師1人、生徒数人でゆったりと教えていた頃とは大違い。




2階建てのビルを構え、講師は7人、PCコースだけでなく、CADや経理関係も教えているという。




何より、生徒は地元の職安から希望者が紹介されてくるらしい。




この、大学新卒でも就職難のお寒い世の中、




新春から始まるコースの合同説明会にあたるこの日、




すでに20代~60代の男女が、40人近く集まっている。




話だけのつもりが、




”これからみんなに教えてって”




”( ̄Д ̄;;こ・・・心の準備が・・・。”




しかし、遅かれ早かれ、カロさんにはさばをの実力を評価してもらわないと、




話が進まないのだ。




”こりゃだめだと思ったら、この話は無かったことにしてください。”




友人だからとか、気兼ねは無用なのだ。




教室にはぎっしりの生徒達で、ものすごい熱気だ。




その2に続く・・・。


































年末の、



クリスマスと妹のお誕生ケーキを兼ねた、



さばをのなまぬるい闘病-cake


イチゴのケーキ



さばをのなまぬるい闘病-cake3



年に数回しかつくらないから、



いっつも同じ過ちを繰り返してる。



クリーム柔らかすぎとか、



失敗知らずのレシピを使ってるのに、スポンジが膨らみ悪いとか。

さばをのなまぬるい闘病-cake2


次つくるときは、同じ失敗を繰り返さないようにしよう・・・



と思いつつ、おんなじことをするのでしょう。




そして、今日のお昼につくった



さばをのなまぬるい闘病-piza

ピザ、から揚げ、スパゲッティ・・・



う~ん、ジャンキー。



休みに入ってから、テレビの前で食ってばっかり。



一年を振り返ったり、新年の抱負とか、



とくにないです。




今日は、しばらくほったらかしにしていたHBを稼動させて、



ピザパンを作った。



さばをのなまぬるい闘病-piza

1つ目は、



庭のローズマリーとジャーマンポテトと玉ねぎをのせ、




さばをのなまぬるい闘病-piza2

2つ目は、



キャベツ、紅しょうが等をマヨネーズであえた物をのせてみた、



なんかたこ焼きが食べてみたかったんだよね~、



今回のコンセプトは、チーズがとろ~りじゃないピザ。



だったらフォカッチャにすればよかったのか・・・、



はたまた、たこ焼きにすべきだったのか・・・?



自分でなにがしたかったのかわからない。



まあ、さばをは万事がこんな感じです。



味は普通に美味しかったよ。



やっぱりフォカッチャに・・・、



言いますまい。



今日のところはこの辺で・・・。





さばをのなまぬるい闘病-anoyo

夏頃から具合の悪かったおじが、6日亡くなった。



翌7日、8日は慌しく通夜、葬儀となった。



30年以上寝たきりだった叔父には、既に世間との繋がりは無く、



妻や兄弟のほとんども行方知れず。



4人の娘とさば家、総勢8人のみで送ることとなった。



夜7時からの通夜に先立って、葬儀屋の遺族室にいるいとこ達に挨拶しに行くと、



みんな意外と元気というか、ケロッとしていた。



久しぶりにお互いのショボイ近況を報告し合ったり、



子供の頃のようにバカ話で盛り上がっていると、



入棺の儀に。



この式場のやり方なのだろうか、



映画のおくりびとのように、ご遺体に死装束を着けて、お棺に納めるまでを



近親者で行うのだ。



小さくかじかんだ叔父さんの遺体と対面すると、



自分が何しに来たのか、今どういう状況なのか、



はっと思い知らされる。



さっきまで笑っていたいとこ達も一様に涙ぐみながら、儀式を執り行っている。



しかし、続く通夜の打ち合わせでは、



ご焼香の回数で激しい議論となる。



あまりの激しさに、葬儀屋のスタッフさんがたまらず割ってはいるほどだった。



結局3回ということで決着し、みんな安心して通夜に臨むことができた。



住職が到着し、お経が流れ出すと空気は一気に霊界モードに。



激しく討論していたいとこ達も、例によって神妙な顔つきで手を合わせている。



さばをも、”おじさんは、不自由な身体から開放されてよかったのかな”



果ては”人の人生って儚いな~”的なところまで



思考が巡ってしまった。



お経を聞きながら目を閉じていると、



死装束姿の叔父さんが、霊界への旅をしている様が見えるようだ。




参列者が少ないので、式はサクッと終わり、



全員で住職のタクシーに一礼してお見送りした。



厳密には、タクシーが式場の門を出てないうちに、さば父が



”さて晩飯はどうするか・・・”



さばをのなまぬるい闘病-stee2

このようにあの世と俗世の間を行き来しながら、



2日間の儀式のすべてが終わると、



ほっとする間もなく、待っているのは請求書という俗世のしがらみだ。



おじさんは亡くなるまでに3回危篤状態になった。



そのたびに娘達が遠方から呼び寄せられ、



様態が安泰するまでの滞在費もろもろや、



今回の葬儀の費用も、



生活するので精一杯な彼女達に代わって、



すべてさば父が用意していたらしい。



葬儀屋はあの世とこの世が交差する場所だ。



しかし、儀式の終わりとともに霊界への扉は閉じ、



これからは実娘であるいとこ達が責任を持たなければならない。



そんな彼女達に葬儀社のスタッフさんが、



49日までの儀式とスケジュール、



仏様を祭るために必要な物を丁寧に説明してくれた。



さばをのなまぬるい闘病-stee

さばをは向かいに座って傍聴していただけだが、



代替わりをして生活を預かって行く責任の重さ、



大変さに慄然とする思いだった。



自分には経済的、精神的に不可能だ。



でも永遠に回避できる物ではないのだ。



このように本当に恐ろしいのは、得体の知れない霊界ではなく、



なんだか先の見える俗世間のほうだ。



確実に貧乏さの加速するなかで、



親も自分も老いて行くという現実だ。






なんだか暗い結びになりましたが、



今のところは叔父さんの冥福を祈りたいと思います。