究極の常識とは何か? | 一灯照隅万灯照隅

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9月9日 岩手県 茶臼岳山頂から なぜだか白い線が入ってしまいました('_'?)


心を健康にするには何をしたらよいのでしょうか。そこで大切になってくるのが「常識」です。

常識といっても、人と会ったら挨拶をしましょうとか、何かよくしてくださった相手にはお礼を言いましょうといったレベルのことではありません。それは、ルールといいます。

「究極の常識」それは先祖に対する感謝や供養です。

これは私に言わせれば、当たり前のことです。自分を生み、育ててくれた親をはじめ、代々の先祖への感謝や供養を、あなた以外の誰がしてくれるというのでしょうか。あなた以外にいないのですから、誰に言われるまでもなく、黙々と、自分の先祖に対して感謝の気持ちをあらわし、供養をほどこしていくのは当然のことなのです。

先祖に対して感謝の気持ちをあらわし、供養を実行すれば、心身ともに健康でいられ、心にも余裕が出てきます。

心に余裕が出れば、何をしてもスムーズに行きます。また、無茶や無理をしないですみます。自分の業の深さ、傲慢さをおさめることができますから、他人に迷惑をかけたり不快な思いを味あわせたりすることもありません。

「常識」といっても、私の言う「常識」の意味は、世にいうそれとはまったく違っていることがおわかりいただけたでしょうか。

仕事をしていても、遊んでいても、そうした心の余裕があると、周りの人たちも同じような気持ちでいることができます。そういう人を世の中は放ってはおきません。自分の思い描いている夢も、必ず叶うように、周りの人たちが、時には社会全体が、さらには時代が、流れを作っていってくれます。こちらから、あれこれ動かなくても、自分にとって一番よい方向にものごとが自然と進んでいくのです。

また、そういう人の周りには、良い人がどんどん集まってきます。そうやって集まってきた良い人たちが、さらにまた、良い人を呼んできてくださいます。悪循環とは正反対の、文字どおり好循環ができ上がるのです。

それくらい、先祖に対する感謝や供養は私たちの心を健康にしてくれる行為なのです。しかし、簡単そうに思えて、いざ実行しようとすると、これほど難しい行為はないかもしれません。でも、それこそ実行した者が勝ちです。早ければ早いほど、得られることは大きいでしょう。皆さんもぜひ、実行されるよう願っております。