前回の記事に驚くほどたくさんの長文コメントやメッセージ、そして、いいね!をいただきました。
緑内障と診断されて以降、ずっと感じていることですが、この病の方々は本当に本当に責任感が強くお優しい方が多いということ。
それなのに、お返事がなかなか進まず大変申し訳ありません。
しかも、私の方から「ご意見、ご感想を、、、」とお願いしているのに、、、本当に失礼ですよね。
今はみなさんからいただいたコメントやメッセージを何度も何度も読み返しては、自身の頭と心の中を整理整頓しています。
昨春の発覚時と比べると、必要なお出掛けや家事、わんずのお散歩も出来ているので、こんな私でも少しは強くなれたのかな、、、と感じていますが、今日は久々にソファーでボーッと過ごす一日。
たまにはそんな日があってもいいか、とは思うものの、やはりどうしてもオペのことを考えてしまいます。
一人っ子である私にとっての一番の心配は、遠く離れた北海道にいる両親のこと。
オペ(レクトミー)を勧められている右目は矯正視力が1.0を切っているし、既に中心視野が欠けているので、オペをすることで視野狭窄が進み視力も下がる可能性が大きいのではないか?
そうなった場合、一人で札幌に帰省出来るのか?
母や父のために動けなくなるのであれば、このままオペをせずにいた方がいいのではないか?
みなさんからの体験談、ご意見やご感想などを読ませていただきながら、次回、診察時の質問事項を考えています。
動揺のためからか前回の記事には綴っていませんでしたが、実は先生から「手術」の言葉が出た際、私が激しく拒否反応を示したからか「手術ってレーザーも含むんだよ」との説明を受けました。
まずは両眼レーザーを試してみて、効果が見られなければ視野欠損が中心に及んでいる右眼レクトミー、、、でも、眼圧は右の方が比較的落ち着いていて左の方が危険な数値なんだけどな、、、とかとか、私の身体は何かとややこしい。
あとは、レクトミーによる視力低下がほとんど起こらない、との説明にもやっぱりモヤモヤ。
何故なら、私に今の先生をご紹介くださった方の日記を読み返してみたら、「ほとんどの患者さんが手術をしたら見えづらくなったって訴えるから本当はあまり積極的にはやりたくないんだよね」と先生が仰ったと綴られていて、、、うーん、モヤモヤモヤモヤ。
私に恐怖心を与えないための配慮?なのかもしれませんが、ちょっと話が違い過ぎるなぁ、、、と。
みなさんからのコメントやメッセージにも、やはり視力低下はあった、とのお声が多かったので、だったら事実は事実として伝えていただきたかったなぁ、、、と思ってしまう自分がいます。
発覚時の視野が両眼ともに半分の状態だったので、今の眼圧で視野狭窄の進行がなくとも、視神経乳頭陥凹の状態(左はまだお椀型を保てていますが、右はびっくりするくらい鋭角、Vです、、、)から見て、今後、オペは避けられないのだろうな、とは感じています。
実は、前回のブログアップ後、今の主治医になってからの診察メモを見返していました。
そうしたら、初回から「右目は視野欠損が中心まできているので、手術も視野に入れながら治療していく」と先生に言われていたことを思い出しました。
私の頭の中からはすっかり抜けていたし、前回の診察時に「過去にそういう話をしたよね」的な会話もなかったため「何を突然に!」と心の底から思い、結構な勢いで先生にキャンキャン噛み付いてしまいましたが、これにはわたくしも反省、、、次回、先生にお詫びをしなくては。
ただ、私の場合はいずれにしてもリスクが高いのに何だかフンワリした説明のままオペを受けることは絶対に出来ないので、先生ととことん話し合い、それでも自分の中のモヤモヤが消化できなければ、別のクリニック(※)に意見を聞きに行こうと思っています。
※緑友さんがわざわざ遠方から受診にいらしたあの!クリニックです。我が家からはこちらの方が断然近い。
患者の話をしっかり受け止め、丁寧に説明し、腕も良く、決断力があってQLも考えてくださる、、、そんなパーフェクトな先生なんていないよー!るあんさん!と思われてしまうかもしれませんが、オペをすることで視野も視力も失うことになる可能性があるのであれば、私はやっぱり自分の中で納得してから前に進みたい。
新しい点眼薬、グラナテックの効果を確認するため、今週も眼科で診察を受けます。
コメントやメッセージの返信は、次の眼科診察が終了してからさせていただきますので、もう少しお時間をください。
たくさんの励ましのコメントやメッセージ、中には、複数回コメントを寄せてくださった方もいらっしゃるのに本当に申し訳ありません。
会社で責任ある立場になり、自身で判断できる範囲が広がったことでこれからますます仕事にやりがいを感じられる、そんな時なのに、旦那さんには本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
会社は異なれど、一時期、共に仕事をしていた仲間だったからこそ、彼には私の分まで思いっ切り仕事を楽しんでもらいたいと思っています。
彼の邪魔にならないように、そして、引き続き、少しでも両親の力になれるような道がひらけますように。