注意欠陥ぎみのアラフィフの母親と、自閉症スペクトラムの10歳の娘との日々を書いています。
娘は、この春情緒の方の支援学級の4年生になりました。
年末にるぅちゃんの幼稚園のときのお友達親子と、カラオケに行ってきました。
そのお友達Hちゃんとは、幼稚園の年少のときに、仲良くなり、るぅちゃんにとって、初めてのお友達です。
お母さんは、私よりも年上で、圧が強く、私にとっては、友達にならないようなタイプです。
Hちゃんは、おとなしいタイプの子で、少しぼーとしている感じです。
お母さんから、Hちゃんが勉強ができず、担任の先生から、1学期の終わりに、自宅でゆっくり勉強をみてあげてくださいって言われちゃったと、話し。
0点をとったこともあり、今の4年生の勉強は、ほとんどわからないみたい、とも話していて。
これは、るぅちゃんよりもひどいなぁって。
なんでも障がいと考えるのは、良くないと思うのですが、何かあるんじゃないかって思ってしまいました。
しかし、Hちゃんのお母さんは、
「担任の先生から、そんなこと言われたから、公文に行かせることにして、今は足し算とか引き算やってる。でも、今の勉強の方は、わからないままなんだよね。」
と話し。
「でも、子どもがやる気にならないと、どうしようもないじゃない。うちは、子どもの自主性に任せてるから、いろいろと言わないことにしているんだよね。」
最近、子どもの自主性、子どもの判断に任せてるとか、子どもの人生だから、とかよく聞きます。
聞こえはいいのですが、親がわけわかってない子どもに、責任を丸投げしているだけのような気がして、何か違うんじゃないかなぁって。
このHちゃん、毎日学校で、何時間もわからない授業を聞いていて、辛くないのかなぁ。
このままで、高校受験とか大丈夫なんだろか。
私が心配しても、しょうがないんですが。
親は、ずっと一緒いられないから、子どもに自立してもらうために、いろいろと教えていかないといけなくて、勉強もその一つだし、礼儀や食育、お金の使い方、将来のことなど、日頃の生活の中で、話しをしながら、自然と理解できたらいいし。
勉強のことは、まず習慣化するように促したり、親が付き添って、みてあげないといけないと思っていました。
私の友達は、子供が幼稚園の頃から、勉強を付き添ってみてあげていました。ほんと熱心で、幼稚園行く前の1時間、最近も学校に行く前1時間、早く起こして、英語を教えてあげています。しかし、最近疲れてきてしまったようで、
「いつまで伴走しないといけないんだろうか。」と、言っていて。
子どもにとっては、どっちの親がいいのだろうか。