☆★るーたんにっき★☆
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私の長男「るーたん」こと龍太郎について語るブログです。


2008年5月13日、わが家のインターネット開通と同時に育児日記として

「るーたんにっき」を開設しました。


2008年5月17日午後10時12分に「るーたん」は亡くなりました。


ちちはこの世ではたった2ヶ月しか「るーたんのちち」をできなかったけど、

心の中では永遠に「るーたんのちち」です。


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★るーたんは生きているとき…


ひとりもおともだちをつくってあげることができませんでした。


るーたんはおそらにいますが、おともだちになってくれませんか?

…ちちの切なる、そして勝手なお願いです。★


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2008年5月18日未明のこと。

 

私は龍太郎の異変を知った後も、現実には18時にはこの世にはなかった龍太郎が運ばれた横浜市大センター病院には向かわず...

 

24時まで仕事をしてから...

 

その時には龍太郎は既に浦舟町の市大センター病院から、弘明寺の南警察署に移されていましたので、南警察署に向かいました。

 

タクシーで向かったはずですが、警察署に到着して中に入るまでの記憶がありません。

 

忘れたのではなく、もともと記憶が存在していないのです。

 

すごく生々しく記憶している箇所と、記憶からすっぽりと抜け落ちている箇所があります。

 

 

すごくよく憶えている箇所...

 

南警察署の中での私の両親の表情。

 

孫を喪って悲しみに打ちひしがれていると言うよりは...

 

私の方を心配そうに見ている...

 

 

私が猛り狂って、嫁を殺すのではないか?

 

はらはらしていたそうです。

 

さすがにそれはないです。

 

お前、いったい龍太郎に何をした?

 

と電話で言ったときに、全てを悟っていたのだと思います。

 

あとは突き抜けてしまっていたのもあります。

 

あとは、仕事を続けて、すぐに龍太郎の元に向かわなかったので、気持ちを少し落ち着けることができたからだと思っています。

 

すぐに向かわなかった...

 

冷たい親だと思われても致し方ないとは思いますが...

 

私が抜けてしまうと、業務が回らなくなりますし。

 

全てをひっくるめて...

 

すぐに向かわなくて結果としては正解だったと思います。

 

3時間近くの時間が冷却期間としての効果を持ったと思います。

 

私の両親も、そのとき既に40年近く私と親子をしていたので、私の性格もだいたい分かっているから心配したのでしょう。

 

すぐに向かっていたら...

 

暴れていたでしょうね。

 

龍太郎の母で、龍太郎の命を奪った由美子をぼこぼこにシメていたでしょうね。

 

 

3時間があったおかげで、少しは気持ちが落ち着いたと言うのもあるし、現実を理解して、気持ちが底なし沼の底に沈んでいて、キレるエネルギーも削がれていました。

 

 

 

 

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