創作コラボ企画「オトメ酔拳」スピンオフ

蜂蜜酒の精霊ベレヌス=メブミードの過去の物語です。

 

前→【小説】流浪のマレビト(65) - 岐路1 

 

 

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 十日後、フィンレイとメイブの婚礼が行われた。周辺国の貴族やバイルン公の臣下が数多く招かれ、若き領主と美しい花嫁に祝福の言葉や祝いの品を贈る。西方から取り寄せられた珍しい食べ物や貴重な肉、質の高い蜂蜜酒が客や城下の人々にまでふるまわれ、人々は大いに歌い踊り幸福に満たされた。

 ミードは人々の笑い声や軽やかな音楽を遠くに聞きながら部屋を掃き清め、自らの痕跡が全てなくなったことを確認すると二年の時を過ごした部屋を閉じる。外套のフードをかぶって人目を避けるように歩き始めたところ、何者かが走ってくる音が聞こえた。

「ミード様! お待ちください、ミード様!」

 ひどく慌てた様子のフランが声を潜めながらミードを呼び止める。いつも身なりを気にする彼にしては珍しく、衣服や髪がずいぶん乱れていた。

「大臣? 何をそんなに慌てているのです?」

「バイルン公が……いえ、国父様があなたを呼んでおられます」

「先代が?」

 成人の儀式の五日後、バイルン公の容体が著しく悪化したため、取り急ぎ王位継承が行われた。これによりフィンレイは正式に「バイルン公」となり、先代のバイルン公は新たに「国父」と呼ばれるようになった。その後、高熱を出して意識不明となっていたのだが、意識を取り戻したということだろうか。

「はい。とにかくお急ぎください」

 ミードは息を切らせながら歩くフランの後を追う。その後ろ姿は婚約成立の頃に比べるとずいぶん老け込み、この二年の時を若き領主のために尽してきたのだろうということがうかがえた。

「宴の最中、侍医から国父様が目を覚まされたという連絡を受け、急ぎ部屋へ行きました。あまりの慌てようでしたので、いよいよかと思ったのですが……」

「それで、どのようなご様子だったんですか?」

「それが……」

 そういってフランは言葉を詰まらせる。言葉とともに溢れそうな涙と感情をこらえようと必死に抵抗するその表情は、悲しみではなく喜びに満ちていた。

「会えばわかります。さあ、早く我が主君の元へ」

 その一言ですべてが理解できたミードは、外套を脱いでフランに手渡し、バイルン公が待つ部屋に歩を進める——。

「久方ぶりだな、メブミード殿」

 老いは感じるが衰えは感じない、優しさと威厳に満ちた懐かしい声がした。

「お久しぶりです、陛下。ですが、今はメブミードではなくミードと申します」

 ミードは静かに微笑みながら、正装に着替え髪を整えているバイルン公に言った。顔は白く体はやせ細っていたが、その瞳にはかつての「名君」の光が宿っている。部屋の外から、感情を抑えられなくなったフランが大きな声をあげて泣くのが聞こえる。

「まったく、相変わらずうるさいやつだ。まぁ、そこが良いところでもあるのだが。どうだ、メブミード……いや、ミード殿、おかしなところはないか? 長い間着ていなかったせいで、どうすればよいかすっかり忘れてしまった」

 そういって静かに微笑むバイルン公に歩み寄り、少し歪んでいたジャボの位置を直したミードは、指先で丁寧にヒダの形を整えながら言った。とてもご立派ですよ、と。

「そなたは変わらぬな。初めて会った日からもう何年たっている?」

「そうですね、かれこれ五十年といったところでしょうか。ですが、陛下もお変わりありませんよ。」

「冗談を言うな、私は自分で歩くこともままならない醜い老人だ」

「滅相もない。陛下は今も昔も変わらず、眩いばかりに輝いています。それに、老いは醜いものではありません。命の輝きが見せる、美しい姿の一つですよ。さぁ、行きましょう。みな、陛下をお持ちですよ」

 ミードはバイルン公の手を取り、ゆっくりと広間へ向かう。覚束なかった足取りは一歩踏みしめるごとに力強くなり、曲がっていた背筋が次第に伸びてゆく——まるで、時をさかのぼっているかのように、バイルン公はかつての姿を取り戻していった。

「ギネヴィの夢を見たのだ」

「妃殿下の?」

「ああ。私たちの二度目の婚礼を覚えているか? そなたが婚礼の儀を執り行ってくれた日だ、あの日の夢を見たのだよ。儀式の最中に、静かにうつむいていたギネヴィが急に顔を上げて、怒りながら言ったのだ。“早く起きてください、子供たちの婚礼に間に合いませんよ。メブミードに任せっきりじゃいけないわ”とな」

 バイルン公は困ったような表情で笑う。少し頬を膨らませながら怒るギネヴィの姿が見えるような気がした。

「私はそなたにひどいことを言ったそうだな。ギネヴィにずいぶん叱られたよ。申し訳なかった」

「気にしていませんよ。陛下は気が動転していただけです」

「許してくれるのか?」

「もちろんです。私と陛下は……」

 そこまで言ってミードは少し黙り込み、やがて決心したように口を開く。

「私たちは友人ではないですか」

「……ありがとう」

 大きくどよめく声が聞こえた。広間の入り口にいた人々がバイルン公の存在に気づき騒ぎ始めたのだ。

「陛下、私はここで失礼いたします」

「行くのか?」

「はい」

「そうか。息災でな」

「陛下もどうかお元気で」

 バイルン公は静かに笑うとミードと固い握手を交わす。これが最期の別れになることを理解しながらもなお「お元気で」というこの奇妙な友人がたまらなく愛しかった。

「フィンレイ様! メイブ様! 国父様が……国父様がいらっしゃいました!」

 ミードはバイルン公の手を放すと、背を向けてもと来た道を歩み去っていく。蜜色の長い髪と白い法衣が陽炎のように揺らめき、闇の中に溶けていくのを静かに見送ったバイルン公は広間に目を向けて大きく目を見張った——ペリドットを思わせる緑の瞳を持った黒髪の花嫁と、栗色の髪と強い意志の宿った瞳を持つ花婿が薔薇のように微笑んでいる。

「行きましょう。みなが待っています」

 フィンレイとメイブが手を差し出すと、バイルン公は何のためらいもなく二人の手を取った。

「ずいぶん待たせたな、我が息子、そして、愛しい我が娘よ」

 

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