創作コラボ企画「オトメ酔拳」スピンオフ
蜂蜜酒の精霊ベレヌス=メブミードの過去の物語です。
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軽快な音楽や人々の笑い声に背を向け、足音も立てず暗い廊下を歩く。一つの愁いもないと言えば嘘になるが、気がかりなことはこれでもうない。ミードは幸せな気分でこの場を去れることがただただ嬉しかった。
「ミード様!」
ようやく冷静さを取り戻したらしいフランがミードの外套を手に駆け寄ってくる。目の周りはまだ赤いが、表情は晴れやかで喜びに満ちていた。
「預かっていただき、ありがとうございます」
ミードはフランの手から外套を受け取ると手早くそれを羽織り、フードを目深に被る。
「本当に行かれるのですか?」
「ええ」
「もう一度考え直していただけませんか? 成人したとはいえ彼らはまだ若輩です。どうかお力添えを……」
かつてはミードを死霊や悪鬼の類ではないかと恐れていたフランだったが、長いときの中でいつしかそれは畏怖の念ともいうべきものに変わっていた。フランにはミードが何者であるかはわからなかったが、時の流れを超越した存在であることと深い知識を備えていること、そして、フィンレイとメイブがミードを深く信頼していることは理解している。ゆえに、自らが退陣した後は守護者としてこの国を守ってほしいと願っていた。
「私はもう自分の領地に帰らねばなりません。おそらく、この地に戻ることはもうないでしょう。私は不安なのです。彼らを置いてこの地を去ることが……。いえ、信じていないというわけではないのです、ただ……」
フランはそこまでいうと声を潜めて口ごもる。彼は自らの不安の正体は親心によるものだと理解していたが、フィンレイとの親子関係は秘匿しなければならないため、それを口にすることができないのだ。
「おっしゃりたいことはわかります。私とて同じ思いを持っていますから」
「では、なぜ彼らを置いて行かれるのですか?」
「……私が私だからですね」
そう言うとミードはほんの少し悲しげに微笑む——もし自分が人間だったら……そんな仮定は無意味だとわかっていても、何度も考えずにはいられなかった。人間と同じように老いることができれば、人間と同じ時の流れを生きることができれば、なんの迷いもなく望むものに手を伸ばす事ができただろう。どのような形であれ、愛する者と共に生きることができただろう。だが、彼は彼以外の何者でもなく、彼以外の何かになることはできないのだ。
「ミード様のお気持ちも考えず、差し出がましいことを言ってしまいました」
「気にしないでください、慣れています」
幾度となく出会いと別れを繰り返してきた。自分の存在がいつか「枷」になるだろうと判断し、静かに身を引いた事も数え切れないほどある。恐怖の視線や呪詛の言葉で追い立てられたことも、追いすがる人を引き離すように去ったことも何度もあった。慣れたものだ。ミードは自分に言い聞かせるように言った。
「お引き止めしてしまい、申し訳ありません」
「いえ、構いません。では私はこれで……」
フランは深々と頭を垂れ、去っていくミードの背中を見送る——聖堂で剣を向けられたあの日、フランはミードに呪いをかけられたと思っていた。だが、ミードは呪いなどかけてはいないと気づいた。
いうなれば、フランが考える「呪いのようなもの」は、彼自身がかけた自己暗示のようなものだ。そのことに気づいたのがいつのことだったかもう覚えていないが、騙されたという気持ちが一切わかなかったことだけは覚えている。むしろ、ミードはフランを罰することができたはずなのに、そのような手段は取らず諭すような形で道を正してくれたことに感謝すら感じたのだ。
おそらく、フランとミードが再び会うことはないだろう。フランはただ、静かに去っていく彼の背中に深い感謝を捧げ、幸福を祈ることしかできなかった。
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