創作コラボ企画「オトメ酔拳」スピンオフ

蜂蜜酒の精霊ベレヌス=メブミードの過去の物語です。

 

前→【小説】流浪のマレビト(67) - 岐路3 

 

 

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 メイブと過ごした北の庭は、全ての役目を終えて眠っているかのように静まり返っていた。微かな風が吹き、月明かりの下で草がそよそよと揺れる。ミードは眠る子を起こさぬよう細心の注意を払っているような足取りで草の上を横切ると聖堂の扉の前に立った。

 さく息をついてメイブたちがいる城を振り返る。ミードが姿を消したと知ればメイブは泣くだろうか。いや、聡明で気丈な彼女ならミードの真意を理解し、涙を見せること無く前に進んでくれるだろう。

 ミードは胸の中でメイブに別れを告げ、聖堂の扉を押し開いた。メイブがフィンレイの求婚を受け入れた日のことが思い出される。真っ赤な婚礼衣装に身を包んだメイブはミードがこれまでに見た何よりも美しかった。あの姿は永遠に色褪せることのない記憶として残るだろう。

 祭壇がある聖堂の奥へと進む——窓からさす月明かりの下にあの日のメイブがいたら、この手に真っ白なロサの花が握られていたら、人間と同じ時の流れを生きることが出来たら……とりとめもない想いが脳裏を駆け巡り、胸を熱く掻き立てた。

 地下墓地に通じる扉を開け、階段をゆっくりと降りていく。一段降りるごとに闇が深まり、心の高ぶりも少しずつ鎮まっていった。この想いは誰にも知られてはいけない。このまま地中深くに埋めてしまうべきだ。永遠に。

 最下層は沼のように暗く、自らの鼻先すら見えない真の闇に覆われていた。ミードは明かりもつけずゆっくりと進む。ここに戻って以来、小さな石一つの位置も覚えるほどに歩いた場所だ。目を閉じて後ろ向きで歩いても目的の場所にたどり着けるだろう。

「ギネヴィ、長い間お待たせしました」

 ミードはギネヴィが眠る墓に話しかける——それはまるで、生きている者に話しかけているかのようだった。

「花を手向ける事はできませんが、これからはずっと一緒です。もう寂しくありませんよ」

 そういうとミードは目を細め、ギネヴィの名を刻んだ石碑をそっと撫でる。

「今日、メイブが無事に嫁ぎました。相手はあなたもご存知でしょう。ええ、あなたを母と呼んでいたあの子です。とても立派な青年になりましたよ。これからは私に代わって彼がメイブを守ってくれます。もう誰も、彼女を虐げることも傷つけることもないでしょう。私はここから、あなたと一緒に彼女を見守ることにします」

 ギネヴィが生きていたらなんと言っただろうか。もしかすると、ミードがギネヴィの元を去った時に何を思ったかを話してくれるかも知れない。それを聞けば、メイブが抱くであろう思いをうかがい知ることができるかもしれない。

 ギネヴィの墓所を離れ、暗闇の中をさらに奥へと進む。バイルン公国の歴代当主やその妻、親類など多くの人々が眠る地下墓地は広く入り組んでおり、奥に進めば進むほど人が踏み入った形跡がなくなっていく。ミードは柱の裏に隠すように作られた小さな部屋の扉を開いた。

 ミードがその存在に気づいたのは偶然だった。おそらく、襲撃を受けた時に一時的に身を隠すために作られたものだろう。作られて以来一度も使われた形跡のないその部屋は、長い時の中で忘れ去られてしまったのか蜘蛛の巣と埃に埋もれ、設えられた寝台も半ば朽ち果てていた。

 ギネヴィの墓に参るたびにこの部屋の修繕を進め、万一の際に使えるよう準備を整えてきたが今日からはミードの住処となる。それがどのくらいの期間になるかはわからないが、二十年も三十年もミードにとってはわずかなものだ。

 深い地の底には誰の声も届かない。だが、血の盟約で繋がっているミードにはメイブの感覚や感情が伝わってくる。すべてのことを正確に知ることができるわけではないが、彼女の身に何が起こっているかを推察することはできた。ここにいればメイブがフィンレイと共に生きることを邪魔することなく、必要とあれば手を差し伸べることができる。

 だが、メイブがミードを必要とする——そんな時は来ないで欲しい。それは彼女にとって大きな不幸が訪れた時だろうから。

 

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