創作コラボ企画「オトメ酔拳」スピンオフ

蜂蜜酒の精霊ベレヌス=メブミードの過去の物語です。

 

前→【小説】流浪のマレビト(63) - 婚約2 

 

 

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 フィンレイの婚約者としてバイルン公国に戻ったメイブを待っていたのは、これまでの生活とは一変した多忙な日々であった。貴族の女性としての教養だけではなく、領主として学ぶべきことや花嫁となるための教育も受けねばならない。加えて、身の回りの世話を侍女や使用人が行うこととなったため、ミードと過ごす時間は自然と減っていった。

 二人の生活はほぼ完全に別たれてしまったが、唯一、ダンスの教練のときだけは一緒に過ごすことができた。男性の教師との間に問題が起こらないよう見張るという、あまり覚えがよい仕事ではなかったが、そのような役目であってもミードにとっては貴重な時間だった。

一つ問題があるとすれば、教師はメイブに対して生徒以上の関心を持たなかったが、ミードに対して特別な感情を持ってしまったことだろう。教師は教練の名目でミードを呼び寄せ女性役を勤めさせた。メイブに対して妙な気を起こされるよりは良いが、必要以上に抱き寄せられたり腰を撫でられたりしたときは閉口するほかなかった。

 このいささか不埒な教師は、ダンスを手ほどきするかたわら数々の噂話を耳元でささやくことでミードの気を引こうとした。あの貴族は裕福に見えるが実はかなり困窮しているとか、あの商人は怪しげな精力剤や性具を買い集めるのが趣味だとか、あの家で子猫が生まれたというような、あまり重要ではない内容がほとんどだったが、時には気にかかる話を聞けることもあった。

 なかでもミードの関心を引いたのは、南の大陸で勢力を広げている「ユディト教」の話だ。唯一無二の創造神を信仰するその宗教は、古来より続いている数多の宗教を飲み込みながら勢力を拡大しているという。

 信仰は人々の心の支えであり、自己を認識する指標である。それゆえ、強い信仰を持つ者同士が対立すると、それは単なる議論におさまらず命の奪い合いになることもある。現在、この周辺地域がある程度の平和を保っているのは幅広い宗教や信仰が許され、自然崇拝のドルイドも神に仕える司祭も自らの霊性を高めることを目指す僧侶も全て平等だからだ。だが、ここに新たな宗教勢力が入り込んでくれば争いが起こる可能性が高い。今後の動向に注意しておいた方がよいだろう。

 

 気がかりなことはあったが、時間は目まぐるしくも穏やかに流れていった。メイブは周囲が驚くほど早く教養や学問を身に着け、それだけでは飽き足らず乗馬や剣術にも取り組んだ。貴族の女性らしからぬメイブに眉を顰める者もいたが、将来の夫であるフィンレイが彼女の行動をすべて肯定したため物言いがつくことはなかった。

 季節が廻り、メイブは知性と美貌を備えた女性へと成長した。透き通るような白い肌、艶やかな黒い髪、星のきらめきよりも澄んだ緑の瞳、薔薇のつぼみのような唇。誰もがその美しさをたたえ、全てを投げうってでも彼女の愛を得たいと思うだろう。だが、それを手にすることができるのはただ一人だけなのだ。

 この世でそれを手にすることができる者——フィンレイは、ついに成人を迎えた。

 

次→【小説】流浪のマレビト(65) - 岐路1 

 

 

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