創作コラボ企画「オトメ酔拳」スピンオフ

蜂蜜酒の精霊ベレヌス=メブミードの過去の物語です。

 

前→【小説】流浪のマレビト(62) - 婚約1 

 

 

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 バイルン公国からモーリーンまでは馬車で十日ほどかかった。ミードとメイブはその道中で顔や名を覚えられないようするため、異性の服をまとい偽りの名で互いを呼ぶこととなったが、メイブはそれがたまらなく愉快だったようで、見事なまでに平民の少年を演じてみせた。

 一方、ミードにとっては少々難儀な旅となった。女性の服を着ることも女性として振る舞うことも苦ではなかったが、女性らしく聞こえる声で話さねばならず、話すたびにメイブが笑うので気が気でなかったのだ。

 同行した案内人はウェイという無口な女性で、自らを「運び屋」と紹介したあとは必要最小限の言葉しか話さなかった。彼女は自分が運ぶ物がどんなものなのか一切興味がないらしく、ただの一度もメイブやミードの名を尋ねようとせず、目を合わせることすらしようとしなかった。

 切れ長の目や肌の色から東の異民族であることは推測できた。東方では多数の民族が小国家を形成し、互いに覇権を争っているため、侵略者に抵抗するすべを持たない者たちが西へ逃れてくることも少なくない。おそらく、彼女もそのような人々の一人なのだろう。だとしたら、彼女が他者に無関心なのも当然といえる。彼らにとって、他者と関わりを持つこと、関心を示すこと、目を合わせることは命を縮めることになりかねないからだ。

 ウェイはミードにとって実にありがたい存在だった。余計なことを聞く必要も聞かれることもなく、干渉することもされることもない。そしてなにより、あの時と同じ衝動が湧きおこったり、衝動的に過ちを犯してしまったりする心配もなくなる。ミードが最も恐れていたのは、野盗でも猛獣でもなく、ほかならぬ自分自身だったのだ。

 生まれてから一度も北の庭から出たことのないメイブには全てのものが新鮮で珍しく、世界は喜びと驚きであふれていた。四日のうちに彼女は太陽の光の下を歩く喜びを知り、初めて目にする蝶や花の美しさに見惚れ、小川に手を浸してはその冷たさに驚き、赤く熟した木の実や魚の味を知った。闇夜の中の焚火が心強いこと、木々の間を通り抜ける風が悲鳴のような音を立てること、星や月の明るい夜に耳を澄ませると虫たちのざわめきが聞こえることを彼女は知った。

 バイルン公国の公女でもなくフィンレイの婚約者でもなく、ただの人間としてこの世界を一身に受け止められるのは、おそらくこれが最初で最後の機会となるだろう。無邪気に笑ったり驚いたりするメイブを見ながら、それがたとえ星が流れるほどの一瞬の出来事であろうとも決して忘れまいとミードは自らの心に誓った。

 

 モーリーンでフランの妻から歓待を受けて数日すごしたのち、フランの商隊を護衛に着けてバイルン公国への帰途をたどる。イングラシア大陸の花嫁衣装に身を包んだメイブが乗った馬車のはるか後方を馬で付き従うミードの表情は目深にかぶったフードの陰に隠れ、誰にも伺うことができなかった。

 

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