創作コラボ企画「オトメ酔拳」スピンオフ
蜂蜜酒の精霊ベレヌス=メブミードの過去の物語です。
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ギネヴィがまだ健在だったころ、城内は慎ましいながらも質の良い調度品や補修を重ねながら大切に使われてきたであろう布帛で飾られていた。しかし現在は、金銀宝石をあしらった品々や高級な絹などに覆われており、いたるところに明かりが灯され、あらゆるものが煌びやかで華々しく美しい。だが、どこか冷たく空虚で、かつての温もりや素朴であるからこそ感じられる充実感は完全に損なわれている。
ヴィラはかつての女主人の間——つまり、ギネヴィが使用していた部屋の前で立ち止まり、ゆっくりと振り返って護衛の男に言った。
「お前はここまででよい。当分、誰も私の部屋に近づけるな」
「しかし……」
「さがれといっている。そもそも、お前がいて何になる? 先ほどの醜態を忘れたか?」
その言葉を聞いた護衛の男は忌々しげな表情を浮かべながらも恭しく一礼すると、さっと踵を返して大股で歩き去っていく。「呪われろ、魔女め」と口の中で小さくつぶやく声がメブミードの耳に届いた。
「さぁ、こっちへ」
差し伸べられたヴィラの手を取り、七年ぶりに女主人の間へ足を踏み入れる——予想はしていたが、そこは面影一つ残らないほど様変わりしていた。春の光が当たる温かい草原や、夏の日差しから旅人を守る木陰のように優しく穏やかな空気に満ちていたその場所は、今やじっとりとした欲望にまみれて沼地のように薄暗く、飾り付けられた色とりどりの薄絹からは媚薬を焚いた時に出る煙の甘い香りが漂っている。
「ヴェールを取って顔を見せておくれ」
メブミードが静かにヴェールを外すと、湿り気を帯びた甘い香りが待ちわびていたかのように鼻腔から入り込み、胸の中を無遠慮に荒らしまわす——まるで、ギネヴィの愛した世界を踏み荒らすヴィラのように。
「もっと近くで」
ひやりとした手が頬に添えられ、微かな力で引き寄せられる。口づけを求められているのだと理解したメブミードは、ヴィラの背中に手をまわし、わずかに身をかがめると半ば強引に彼女を抱き上げた。
「果実は熟してから摘むもの。今はまだ少し早い」
「気を持たせおって……それなりの働きはしてもらうぞ」
「もちろん、夢見心地にして差し上げます。ですが、その前に条件をお話ししましょう」
「よいぞ。話しながらこのまま奥へ」
メブミードはヴィラを抱えたまま、かつて寝所として使われていた奥の間に進む。一足ごとに、気を失った身重のギネヴィを抱き上げた日のことを思い出し胸が痛んだ。
「私の条件はたった一つ。今後、私以外の男性を床に引き入れないことです」
ヴィラはそれを聞いて鼻で小さく笑う——どのような条件が出てくるかと思えば何のことはない、これまでの男娼と同じではないか。
「なんだ、そんなことか」
何の問題もないと答えようとしてふと言葉をつぐむ。そのような約束など、男が死んでしまえば無効になるのだからいくら交わしてもよい。だが、あえて答えを先延ばしにしてこの美しい男を焦らしてやろうという気持ちが湧いたのだ。
「……そうだな、そうするに足るか少し確かめさせてもらおうか」
「仰せのままに」
焦りの表情を浮かべるかと思いきや、メブミードは悠然と微笑んだまま表情を全く変えることがなかった。ヴィラは物足りなさを感じたが、答えを焦らし続けてこの美しい顔があせりに歪んでいく様を眺めるのも一興と考えて小さく笑う。
ヴィラの好みに合わせて飾り立てられているものの、寝所に置かれたベッドは以前のままだった。メブミードはヴィラをそっとベッドの上に横たえると自身はそのすぐそばに腰かける。
「触れても?」
「ああ、好きなようにせよ」
その言葉に艶やかな微笑を返すとメブミードはそっと手を伸ばし、指先だけでヴィラのこめかみから顎のライン、耳朶や口元をゆっくりとなぞる——柔らかく繊細な指がうねるように動きながら皮膚を微かに刺激するごとに撫でられた部分の感覚が鋭敏となり、微弱電流のような甘い痺れが広がり始めた。
耳と首すじを指先で弄びながらもう一方の手で唇の輪郭をなぞるように撫で、解すように柔らかく刺激すると自然と口が開き、微かに熱を帯びた吐息が漏れる。呼吸が微かに乱れ始めたころ、指先は首をなぞりながら静かにゆっくりと移動し、今度は鎖骨や胸元を這うように愛撫し始めた。
豊かなバストラインの輪郭をなぞりながら中心部に時折触れると甘いうめきが漏れ、体がわずかに痙攣する。薄い布ごしに触れる肉体は熱を帯びてほてり、肌は濡れたようにしっとりと潤っていた。
「そろそろもう少し強い刺激が欲しくなってきたのでは?」
「意地の悪い男め……これ以上焦らすな」
「焦らすのが得意なのは、あなたもでしょう?」
メブミードはベッドの上に乗り、ヴィラの上に覆いかぶさると、片手で彼女の脇腹をそっと撫でおろしながら耳元に口を寄せる。
「今の私は、これ以上あなたに触れられないのです。まだ答えをいただいていないから」
「わかった、条件を飲もう」
「誓ってくださいますか?」
「ああ、そなたがいる限り、私は他の男を引き入れることは決してない。もし私が誓いを破ったら、そなたは私を罰してもよいぞ」
「その言葉、確かに受け取りました」
メブミードはヴィラから体を離し愛撫の手を止める。これが人間同士で交わされた誓いであれば、彼女がそれを破っても何の問題はなかったであろう。だが彼女が誓いを立てた相手は人間ではない。人間と精霊の間で交わされた誓いを破ることは誰にも不可能だ。
「お約束通り、夢見心地にしてあげましょう」
メブミードはヴィラに眠気を感じる程度の“酩酊”をかける——眠りに落ちる寸前の浮遊感が全身を包み、力が抜けて意識の輪郭がぼやけていく中で、姿勢がうつぶせに変えられるのを感じた。
「では、失礼しますね」
メブミードは甘く優しい声色で言うと、首の付け根と肩甲骨の間を指で圧迫するようにもみほぐし始めた。
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