創作コラボ企画「オトメ酔拳」スピンオフ

蜂蜜酒の精霊ベレヌス=メブミードの過去の物語です。

 

前→【小説】流浪のマレビト(43) - 夜伽1

 

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「皆の者、そう騒ぐな」

 絡みつくように甘い声でヴィラはそういうと、男たちの視線が自分に集まっていることに満足の笑みを浮かべながら周囲を見回す。彼女が備える富や権力にあやかろうと縋る者、寵愛を受けようと必死で媚を売る者、彼女の肉体を貪らんと欲する者——さまざまな欲望に満ちた目を向けられることが彼女の喜びであった。

 ヴィラは護衛の男を引き連れながらゆっくりと酒場の奥へ進む。明るい栗色の髪に刺さった銀の髪飾りが動くたびに輝き、薄絹の下で形の良い脚や腰が妖しくうごめくたびに男たちは熱い溜息を洩らした。

「ほう……」

 ヴィラはふと立ち止まって小さく呟くと、口の端に艶やかな笑みを浮かべる——その視線が射止めているのは褐色の肌を持つ銀髪の男だった。

「そなた、名は?」

「ジェイドと申します」

 そういってジェイドは恭しく一礼した。ヴィラは満足げな笑みを浮かべると、猫のようにしなやかな動きでゆっくりと彼に歩み寄る。

「その衣装と肌の色、南の大陸の者か?」

「はい。旅の軽業師でございます。城下でヴィラ様の噂を聞き、ぜひお役に立てればと」

「なるほど軽業師か。どうりでよい身体をしておる。どのような技が得意なのだ?」

「ご婦人を大いに悦ばせる技とだけ申しておきましょう」

「気に入った。今宵は——」

 息をひそめるように二人を見守っていた男たちの間に微かなどよめきが広がった。ヴィラの言葉を遮るようにメブミードが立ち上がり、まるで彼女のことなど見えていないかのように酒場を後にしようと歩きだしたからだ。

「おい! 貴様! 無礼だぞ!」

 護衛の男がメブミードの前に立ちふさがり、肩を掴んで制止しようとする——メブミードはその手が自らを捕まえる前に素早く身を引くと、滑らかな動きで手首を取って瞬時に捻り上げた。

「ぐぁっ! 放せ!」

「おや、いいのですか? あなたは私を引き留めることが目的だったのでは? 放せばここを立ち去りますよ?」

 そういうとメブミードは男の腕をさらに捻り上げる。男の呻きが悲鳴に変わり、周囲の男たちが息をのむ音が聞こえた。

「折れる折れる! 腕が!」

「お、おいっ! 兄さん、やめろよ!」

 ジェイドが慌てた様子でメブミードを制止する——その表情には、明らかな戸惑いとわずかな怒りの色が宿っていた。無理もないだろう。事が上手く運びそうになったところに予期しない形で横槍を入れられたのだ。

「あなたはご存じないかもしれませんが、西方の国には“犬が人を襲おうとしたとき、襲われそうになった者は犬を打ち殺してよい”という法があるのです。ですから、これは私の権利なのですよ」

「あんた、正気か?」

 表情を変えずこともなげに答えたメブミードを見てジェイドは動揺を浮かべる。

「ならば、飼い主が相応の代償を支払った場合、犬を打ち殺してはならぬということも知っているであろう?」

 事の成り行きを見守っていたヴィラが口を開いた。口元に浮かんだ笑顔は甘く、目には獲物を見つけた肉食獣のような光が宿っている。彼女は先ほどまで関心を向けていたジェイドのことなどすっかり忘れてしまったかのように、悠然と微笑みながらメブミードに歩み寄った。

「ええ、もちろん」

「私がその男の飼い主だ。どうか放してやってはくれないかい?」

「あなたがそういうなら従いましょう」

メブミードがそう言って手を放すと、護衛の男は腕を抱えてその場に座り込んだ。骨は折れていないがかなりの痛みだったらしく、目には薄っすらと涙が浮かんでいる。

「まずは、私の犬が無礼を働いたことをお詫びしよう。私はヴィラ。そなたは?」

「名乗るほどの者でも、覚えていただくほどの者でもありません。ただの旅の占い師です」

「ふむ……。しかし、名乗りもせず顔も見せぬとは、いささか不作法ではないか? せめて、顔だけでも見せてはくれぬか?」

「確かに、おっしゃる通りですね」

 ヴィラの言葉に従い、メブミードはヴェールをそっと外す——蜜色に輝く髪と美しい顔があらわになり、その場にいる誰もが大きく息を飲んだ。彼が美貌の持ち主であることを誰もが想像していたが、その美しさを正確に予想していた者は一人もいなかったのだ。

「これは……なんと……」

「さて、ヴィラ様。あなたは私に何を代償として差し出してくれるのでしょう?」

「そ、そうだな。何が望みか申してみよ」

「そうですね……。実は私、占い師と申しましたが、本来は心身に安らぎや快楽を与えることを生業としておりまして、その技能を買ってくださる方を探しているのです」

 ヴィラはその言葉を聞いてニヤリと笑う。何のことはない、この男も他の男と同様に体を売っているのだと解釈したからだ。

「なるほど、では私がその技能を買ってやろう」

「ありがとうございます。ですが、一つ条件が……」

「なんだ? 申せ」

「それは、ここではお話しできません」

 メブミードは艶やかに微笑むとゆっくりと手を伸ばし、ヴィラの髪に優しく触れながらわずかな“酩酊”の力を送り込む。体が火照り気分が高揚すれば、おそらく彼女はそれを体の疼きととらえるだろう。

「続きは帳の奥で」

「それは楽しみだ」

 ヴィラはうっとりとした表情を浮かべながら微笑むと、愛し気に目を細めながらメブミードの腕を撫でた——甘く痺れるような感覚が指先から全身に広がり、この美しい男は自らにどれほどの快楽をもたらしてくれるのかという期待で胸が躍る。ヴィラは完全に、メブミードの術中にはまっていた。

「では参ろう。おい、いつまで座り込んでいるのだ。早くしろ」

 護衛の男は腕をさすりながら立ち上がると、歩き出したヴィラのあとを追いかける。メブミードもヴェールをつけ直しながら後に続こうとすると、背後から肩を掴んで引き留める者がいた——憤怒の形相を浮かべたジェイドだ。

「てめぇ、俺を踏み台にしやがったな」

「まさか」

 メブミードはジェイドの手首を掴んでその手を引きはがすと、静かに微笑んで答える。

「ただの偶然ですよ」

 

 

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