創作コラボ企画「オトメ酔拳」スピンオフ

蜂蜜酒の精霊ベレヌス=メブミードの過去の物語です。

 

前→【小説】流浪のマレビト(42) - 娼婦4

 

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 男娼が多く集まるというその酒場には、煌びやかな衣装を身にまとった美しい男たちや欲望に目をぎらつかせた男たちでごった返していた。メブミードは酒場の隅の席に座ると、客を待つ占い師といった体で静かに目を閉じる。

酒場に占い師や呪術師がいることは決して珍しいことではない。特に、春をひさぐ者たちが集まる場所では、精力増強などの効果があるとされる秘薬を扱い、房中術の伝授を行うという触れ込みで客を取る呪術師は少なくなかった。メブミードもまた、そのような生業の者であるように見えるのであろう。薄いヴェール越しでもわかる美しさも相まって、酒場の戸をくぐったときから数多の視線が注がれていた。

メブミードは小さくため息をつく——男娼が集まる酒場はいくつかあるが、この数日のうちにヴィラが訪れていないのはこの酒場だけであった。自分好みの男娼を探し歩いている彼女が次に来るとすればここであろうと考え、あえて目立つ姿で待ち構えることにしたが目的としない相手から好奇や欲望の目を向けられるのは本意ではない。来るならできるだけ早く来てほしいものだが、果たして彼女は現れるだろうか。

「やぁ、兄さん。商売は流行っているかい?」

 一人の男が何の断りもなく向かいの席に座る——程よく筋肉がついた上半身を大胆に露出する衣装や身につけた装飾品から、南の大陸から渡ってきた者であろうことが予測できる。褐色に焼けた肌と白に近い銀色の髪という組み合わせは、さまざまな地域を渡り歩いてきたメブミードから見ても非常に珍しい風貌であった。

「先ほど来たばかりですから」

「おっと、そうだったな。兄さんがここに来てからまだほんの少しだ。なぜ知ってるかって? 兄さんがこの店に入ったときからずっと見ていたからさ。気づいてる? 今、店中の男たちが俺たちを見てる」

「そのようですね」

「なぜかわかるかい?」

「私もあなたも、目立つからでしょうね」

「そうそう。今日はね、ここに特別な客が来るって話なんだよね。ここにいる男娼はさ、みんなその客を目当てに集まってる。少しでも目に留まるよう、派手な服を着たりバカみたいな飾りなんかつけて、少しでも目立とうとしてるんだよね。ほら、あいつなんか見てよ」

 男はそういうと、酒場の中央あたりにいる一人の男娼を指さす。その男は極彩色に染めた羽根飾りをふんだんにつけ、周囲を見回したり立ち止まったりしながら右と左を行ったり来たりしていた。

「あいつなんか、俺の国にいる鳥にそっくり。まぁ、目立つのは目立つけどね、とてもじゃないがあれじゃぁねぇ」

「それで、本題は何でしょう?」

「おや、おしゃべりは嫌いかい? 占い師は言葉で稼ぐ仕事だろう? それとも、体で稼ぐ方かな?」

「あなたは客ではありません」

「つれないなぁ……。まぁいいや。あのね、俺、どうしてもその客をモノにしなきゃいけないんだよね。だから、どうしても一番目立ってなくちゃダメなの。で、他のやつらには絶対負けないんだけど、兄さんには勝てそうもないなぁって思っちゃったわけ」

「それで、私をここから追い出そうとお考えなのですか?」

「いや、そうじゃない」

 男は周囲を視線だけで見まわした後、わずかに身を乗り出して声を潜め、メブミードだけに聞こえる声で話す。

「実は、俺は男娼として召し抱えられたいわけじゃないんだ。ただ、噂の女を一回味わってみたいだけの好色男なの。一晩お世話になったらさっさと逃げるつもりなんだよね。でも、女がもし俺に入れ込んじゃったらしつこく追い掛け回されるかもしれないし、隙がなくて逃げられないかもしれないじゃない。だからさ、誰かと二人一組になって、俺への注意をそらしたいわけ」

「ふむ……」

「ねぇ、俺と組まない? 俺とあんたが一緒だって話なら大抵の女はすぐにでも飛びつくし、ヘタに競争して機会を逃すこともない。俺がいなくなっても兄さんはそのまま残り続ければいいだけなんだから悪い話じゃないだろ? あ、俺はジェイドっていうんだ。よろしく」

 確かに一見すると彼の提案は悪いものではない。だがそれは、彼が言うように事が進めばという話であって、実際にはそううまくはいかないだろう。二人一組のつもりで連れてきた男娼のうち一人がたった一晩で消え去ったとなれば、怒りの矛先が向くのは残りの一人である。要するにジェイドはメブミードをおとりにして逃げる時間稼ぎをしようと考えているわけだ。

「ヴィラ様が来たぞ!」

 酒場の入り口に立つ用心棒が言うと、男娼たちが一斉に色めき立つ。急いで髪を整えたり衣装の胸元をはだけさせたりするなど、自らの性的魅力が彼女の目にかなうよう準備を始めた。

「どうする? もう時間がないぜ」

 メブミードは小さくため息をつくとジェイドに目を向ける。ただの好色男だと男は言ったがそれは嘘だろう。話し方こそ不埒な遊び人のように聞こえるが、ただの旅人にしては言葉の訛りが少なすぎた。何より、この美しく均整の取れた体が、彼が何らかの武技を身に着け、日々の鍛錬を怠っていない者であると物語っている。正体や目的は不明だが、彼がメブミードと同じ手段で城内に入り込もうとしていることは確かで、彼の存在が公女の身を危険に晒す可能性があることも確かだった。

「必要ありません」

「なっ……? 本気か?」

「話は終わりです」

「待てよ、もう少し考えて——」

「ヴィラ様! ようこそお越しくださいました!」

 店主の大きな声が店中に響き渡ると、その場にいる男たちが一斉に歓声をあげた。ジェイドの声はその勢いに飲み込まれ、もはや一言も聞くことができない。否、実際は聞き取れていたが、メブミードはあえて聞こえないふりをして静かに目を伏せた。

 

 

次→【小説】流浪のマレビト(44) - 夜伽2

 

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