創作コラボ企画「オトメ酔拳」スピンオフ

蜂蜜酒の精霊ベレヌス=メブミードの過去の物語です。

 

前→【小説】流浪のマレビト(14) - 帰還4

 

===========================

 バイルン公の執務室の前ではキーラン伯、フラン伯、ロイド伯の三人が深刻な表情を浮かべながら小さな声で何事かを相談していた。おそらく、バイルン公が命を落とした場合どうすべきかを話し合っているのだろうが、その意識はバイルン公の容態ではなく、それぞれがどのような発言をするかに向けられているように見える。

「……どなたかな?」

 メブミードの姿を見とがめたロイド伯がほかの二人の言葉を制してから言った。あからさまな敵意は見せないものの、この先には進ませまいという強い意志が見て取れる。年齢は重ねているが筋骨隆々とした体つきでいかにも武人らしい雰囲気があり、その風格だけで圧倒されてしまうものも少なくないだろう。

「私はベレヌス=メブミードと申すドルイドでございます。かつてこの地に身を置かせていただいた後、長らく旅に出ておりましたが、陛下がご病気であると妃殿下より知らせを受け、病平癒の祈祷をあげるため戻ってまいりました」

 メブミードは敵意がないことを証明するかのように恭しく一礼して言った——呼ばれて戻ったというのは事実ではないが、かつてこの地にいたことも長らく旅に出ていたことも事実だ。

「そのような話は聞いていないが……」

「妃殿下が個人的になさったことですからご存じないのも無理からぬことです。今はお休みになっておられますが、後ほど確認していただいて構いません」

おそらく、このうちの誰もギネヴィに確認することはないだろうし、仮に誰かが確認したとしても、彼女はメブミードの滞在に正統性を持たせるためにも“自分が呼んだ”と答えるだろう。

「妃殿下がお呼びになったということは、メブミード殿はガウェイン公国の者か?」

「いいえ。お話ししました通り、私はどの国にも属さず誰にも仕えず、より多くの人々に祝福を授けんがために旅を続けている者です。妃殿下がお輿入れになる道中でご縁をいただき、三年ほど身を置かせていただきました」

「待て、妃殿下の輿入れはずいぶん前のことだぞ? 計算が合わないのではないか?」

 それまで無言で様子をうかがっていたキーラン伯が口を挟んだ。メブミードの外見はいかに高く見てもせいぜい三十代半ばといったところで、バイルン公はもちろんギネヴィよりも若い。もし、メブミードの年齢が見た目通りであれば、ギネヴィが輿入れした時点での彼は小さな子供であるはずだ。

メブミードの外見が変化しないのは彼が人間ではないゆえのことであったが、この場にいるものは誰一人そのことを知らず、またメブミードもそれを話すつもりもなかった。

「不審だな」

 ロイド伯は険しい表情を浮かべ、腰から下げている剣にそっと手をかける——すぐさま抜き放つつもりはないようだったが、その気になればいつでも抜けるという体勢だった。

「あなた方が信じようと信じまいと、これはまぎれもない事実です。バイルン公に確認していただいても構いませんよ」

「ロイド伯、その方は妃殿下の客人です。落ち着いてください」

 一歩踏み込めば切りつけられるという間合いにいながら怖気づくこともなくこともなく答えたメブミードを見たフラン伯がロイド伯をなだめる。もしこの男が何らかの意図をもって身分を偽っているのだとしたら、確認すればすぐばれるような嘘をつくとは思えないし、これほどの威圧感の中でこうも平然としていられないだろう。

また、いかに怪しい者であってもギネヴィの客人であるとなれば、その伴侶であるバイルン公の臣下として無礼を働くわけにもいかない。つまるところ、納得のいかないことはあるが彼の言うことは偽りではなく、その要求を断ることは難しいというのがフラン伯の判断であった。

「私は病平癒の祈祷をさせていただきたいだけです。みなさまを困らせるようなことは何一つないと思いますが……」

「ええ、もちろんですとも。君主にはぜひとも回復していただかねば……。ぜひとも祈祷を」

「キーラン伯、先ほどは彼を疑ったではありませんか?」

 病平癒の祈祷を断るというのは、すなわちバイルン公の死を願っているともとられかねない行為だ。そう考えたキーラン伯は先ほどの疑問をあっさりと放棄し、メブミードに迎合する形を取った。

「いいえ、私は“計算が合わないのではないか?”と申しただけです。妃殿下の客人を疑ったわけではありません」

「そう言えば、極東の民は見た目が老化しないと行商人から聞いたことがあります。もしや彼はその極東の民なのではないでしょうか?」

「フラン伯?」

 キーラン伯が旗色を変えたのを見たフラン伯がそれに追従する。こうなると、ただ“怪しいと感じる”という理由だけでメブミードを排除するわけにはいかない。ロイド伯の影響力はキーラン伯やフラン伯よりも強かったが、結託した二人を上回るほど強くはないし、病平癒の祈祷を拒否したなどという話が広まれば諸侯からの支持を失う可能性すらある。

「ロイド伯、祈祷をしてもらいましょう。君主の回復こそ我らの望みではありませんか」

「そうですとも。ぜひとも祈祷を」

 キーラン伯とフラン伯が口々に言うと、ロイド伯は微かなため息をついてから警戒の姿勢を解いた。

「どうか無礼をお許しいただきたい。そして、なにとぞ祈祷を」

「どうかお気になさらず。私の務めが祈りであるように、あなたの務めが主の守護であったというだけです。では、失礼いたします」

 メブミードはそういうと再び歩を進め、バイルン公の執務室に向かう——三人の男たち無言でその様子を見守っていたが、ロイド伯の視線は一際険しく、その後の波乱を予感させるものであった。

 

 

次→【小説】流浪のマレビト(16) - 帰還6

 

 

 

====================

Amazon Kindleにて電子書籍発行中☆

作品の紹介動画は「涼天ユウキ Studio EisenMond」または「作品紹介」をご覧ください。

 

雑文・エッセイ・自助

「自己愛の壺」(新刊)

その不安 一体何でしょう?

「諦める」から始める生き方

娘さんよく聞けよ、ネパール人には惚れるなよ。

性を捨てよ、我に生きよう。

痴漢被害: その時、何が起こるのか

 


小説

アヴニール

■□■永流堂奇譚合冊版■□■

合冊版 永流堂奇譚 其の壱 (第一話~第三話+書き下ろし作品)

合冊版 永流堂奇譚 其の弐 (第四話~第六話+書き下ろし作品)

合冊版 永流堂奇譚 其の参 (第七話~第九話+書き下ろし作品)

永流堂奇譚 第一部 分冊版

 


ENGLISH E-BOOKS

AVENIR(Novel)

 

Start to live by resignation(Self-Help)

What the hell is that anxiety?(Self-Help)