創作コラボ企画「オトメ酔拳」スピンオフ
蜂蜜酒の精霊ベレヌス=メブミードの過去の物語です。
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その後、バイルン公国では痘瘡や高熱を伴う肺病が流行し、干ばつと冷害も起こった。バイルン公とギネヴィは最初の子を含め四人の子をもうけていたが、全て夭逝してしまったという。また、門番の男は痘瘡にかかったが一命をとりとめ、その代償として醜い容貌となってしまったそうだ。
「この顔のせいで俺は厨房の仕事を辞めさせられたよ。陛下と妃殿下は気にしないとおっしゃってくれたが、周りのやつらはみんな俺が触ったものを食べたがらないんだ。だから今は庭師や門番をやってる。ほら、あそこを見てくれ」
門番の男は庭の一角を誇らしげな表情で指さす——メブミードが旅立った日に植えたロサの木が白く美しい花を咲かせていた。しかも、一本だったロサの木は数十本に増やされ、低い壁になるように列をなして植えられている。
「全部俺がやったんだ。枝を使って株を増やす方法があるんだよ。失敗することもあるけどコツさえつかめば意外と簡単で、面白いからついつい増やしすぎちまった。さて、ついたぞ」
門番の男は固く閉ざされた扉の前に立つと、手に持っていた樫の杖で三度ほど叩く。しばしの沈黙——何の反応もないため、もう一度扉を叩こうと再び杖を持ちあげた時、一人の女が扉をわずかに開けた。
「なにごとです? お静かに願います」
「客人だ。妃殿下にお取次ぎを」
「今は誰ともお会いできないと伝えておいたはずです。お引き取り願います」
「待て待て待て待て……」
女が扉を閉めようとするのを阻止するように、門番は開いた隙間に慌てて杖を差し込む。女は眉間にしわを寄せ、不機嫌な表情を浮かべた。
「せめて、妃殿下に名前を伝えるだけでもしてくれ。そうすればきっとお会いになるというはずだ。お客人の名はメブミード様。ベレヌス=メブミード様だ。ほら、覚えたらさっさと行ってくれ、お客人を待たせるな」
門番はそういうと隙間から杖を引き抜く。女は忌々しげな表情で男をにらみつけてから扉を閉めると、仕事を完遂すべく女主人の元に向かって行った。
「あんたがいたころから残ってるのは俺くらいのもんでな。みんな遠くに行っちまったか死んじまった。まぁ、どっちも似たようなもんだ。なんにせよ、今いるやつらはみんなあんたのことを知らないんだ。悪く思わんでくれ」
「私は気にしていません。ずいぶんと時が経ちましたから」
メブミードはわずかな寂しさを感じながらも内心安堵していた。街で会ったあの母親や門番の男は、メブミードの姿が三十年経っても変わっていないことを恐れなかったが、恐怖を感じる人間も少なからずいる。それがきっかけでいらぬ騒ぎが起こらないとも限らないのだから、自分の事を知っている者は出来るだけ少ない方がいい。
そう考えてからメブミードはふと、ギネヴィやバイルン公が自分のことを恐れるかもしれないと考えていなかったことに気づいた。なぜかはわからないが、彼らはきっと何一つ恐れず自分の来訪を喜んでくれるだろうと思っていたのだ。
メブミードは自分の考えの至らなさを自覚し、いまさらながら顔を隠すべきかどうか悩んだ。だが、顔を隠すにしてもそのための道具も持っていないし、急に顔を隠すのもかえって変ではないか。そう思案していると、数名の足音が忙しなく鳴り響きながら近づいてくる気配があり——。
「メブミード!!」
ドアが大きくあけ放たれ、懐かしい声が懐かしい名を呼んだ。夕日に照らされた麦畑色の髪を大きく揺らしながら、少女から大人の女性へと成長したギネヴィが駆け寄ってくる。メブミードは無心でその両手を伸ばし、遠い日の思い出と新たな命を宿した体を優しく抱きとめた。
「走ってはいけません。お体に触ります」
「メブミード……メブミードなのね」
「はい。戻ってまいりました」
メブミードは肩を震わせて泣きじゃくるギネヴィの背中をゆっくりと撫でる。彼女の肩は細く、身重の女性にしてはずいぶんと軽い。バラ色だった頬もどこか青ざめて血色が悪く、健康状態があまりよくないことが一目でわかった。
「妃殿下、中に入りましょう。お体を冷やしてはなりません」
「ええ、そうね。メブミードも一緒に来て。お願い」
一人の侍女がギネヴィのそばに駆け寄り、深緑色の毛織物をそっとかけながら言う。ギネヴィは侍女に支えられるような状態でメブミードからその身を離すと、少しフラフラとした足取りで歩き始めた。いてもたってもいられず走ったため、少し具合が悪くなってしまったらしい。
「さて、用も済んだし俺もそろそろ番小屋へ戻るとするか」
門番の男は独り言ちると、踵を返して歩き始める。
「あの、いろいろとありがとうございました」
「礼なんかいらないよ。これが仕事だし、息子を助けてもらったからな」
「息子さんはお元気ですか?」
「……死んだよ。俺が痘瘡なんかにかかったせいでな」
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