創作コラボ企画「オトメ酔拳」スピンオフ
蜂蜜酒の精霊ベレヌス=メブミードの過去の物語です。
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かつては大きく開け放たれていた王城の門は、今やあらゆるものを拒否するかのように固く閉ざされていた。脇に設えられた番小屋の中で、あばただらけの顔を真っ赤に染めた一人の男が無言で酒を傾けている。かなり酔いが回っているのか、まぶたが重く垂れさがり、門番としての役割を果たすことすら難しいのではないかという疑問を感じずにいられない様相だった。
「もし、どなたかいらっしゃいませんか?」
誰かが番小屋の扉を叩く——門番はうたた寝から目を覚ましたかのような表情を浮かべたあと慌てて扉に走り寄り、薄い木の板でできたのぞき窓の蓋を開けて外の様子をうかがった。小さな窓からは純白の衣と深緑のストール、肩にかかる長い金髪だけが見える。声から男であることはわかるものの、背が高く窓の位置から顔を見ることはできない。腰をかがめて下から見上げるようにすると、発疹はおろかシミ一つない滑らかな頬と形の良い唇が見える。顔のすべてを見ることはできなかったが、色艶の良い肌から健康体であることがうかがえた。
「悪いが、今は誰も入れるなといわれているんだ。あんた、今のところ健康そうだけど、ここにいると危険だよ。できるだけ早くこの国から出たほうがいい」
「私は陛下と妃殿下の古い知人で、ベレヌス=メブミードと申す者です。どうかお二人に会わせてください」
「だから、誰も入れるなと……ちょっと待て、あんた今なんて言った?」
文字通り門前払いしようとした門番の男は閉じかけたのぞき窓をもう一度開け、扉の前の男の顔を確認しようと以前よりもさらに腰をかがめる——しかしどうにも角度が悪く、男の顔を見ることはできなかった。
「どうかお二人に会わせてくださいと申しましたが?」
「そうじゃなくて! 名前だよ名前!」
「ベレヌス=メブミードです」
門番の男はその名を聞くと大慌てで番小屋の扉を開く——小さな風が起こり、扉の前に立つ男の服の裾と髪が微かに揺れ、わずかに甘い花の香りが男の鼻腔をくすぐった。男は、幻覚を見るほど酔ってしまったのかと自らを疑ったがそうではないと悟ると、次に紡ぐべき言葉を求めて唇をわなわなと震わせる。
「嘘だろ、あれから三十年近くたっているのに一つも変わってないじゃないか……あの頃のまま何一つ変わってないなんて……!」
メブミードは目の前の男が誰であるかを思い出せなかったが、男はメブミードのことを知っているようだった。
「俺はすっかり変っちまったから、あんたは俺のことがわからないだろう。あんたは憶えてないかもしれないが、息子が高熱を出して三日も寝込んでたとき、どこかでその話を聞きつけたあんたが薬をくれたんだ」
確かに、メブミードは厨房の下働きをしている男に薬草を渡したことがあった。しかし、あれから三十年近い年月が流れているとはいえ、メブミードの目の前にいる男は記憶の中の男とは別人のようだった。一目見て誰かわからなかったのも無理のない話だろう。
「どうか中に入ってくれ。陛下に会えるかどうかはわからないが、妃殿下になら会えるはずだ。俺が案内するよ」
男はそういうと門を開けてメブミードを通し、警戒するような目で周囲を素早く見まわしてから門を閉じる。城門の中には美しく整えられた庭園が広がっており、この地を去ったときとは全く違う様相を呈していた。
「行こう。道中で何があったか説明するよ」
門番の男は先に立って歩きながら早口でこれまでに何があったかを話しはじめる——二度目の婚姻の儀式のあと、ギネヴィとバイルン公は深い愛で結ばれ、その睦まじさは領内はもちろん周辺国にも知られるほどであった。メブミードが去った翌年に第一子が生まれ、領民すべてがそれを祝福し、バイルン公国はかつてないほどの幸福に包まれる。街は活気に満ち、色とりどりの草花が咲き、家畜は肥え太り、すべての神々に祝福された地であるかのように思えた。
しかし、その幸福は長くは続かない。子が三歳になる頃、高熱と咳、鮮やかな赤色の発疹などを伴う感染症が流行した。人間は身分や性別、人種などさまざまな基準を用いて相手とどう接するかを決めるが、病と死はあらゆるものに対して平等だ。小さな畑しか持たずその日を生きるだけで精一杯な人も、多くの家畜を飼って裕福に暮らしている人も、旅から旅へと生きる行商人も、王族も貴族も、全て区別せず平等に襲い掛かり、その黒い手に絡めとってしまう。
この病はとりわけ乳児や幼児を好んだ。数多くの子供たちが命を落とし、人々に祝福されて生まれた王の子もまた命を落とした。子を失った親たちの嘆きは暗雲となって世界を覆いつくし、涙は大雨となって大地に降りそそぐ——バイルン公国を襲った二番目の悲劇は洪水であった。
洪水によって農地や牧草地が大打撃を受け食糧難が起こり、体力のない老人や子供はもちろん働き手となる若者も次々に倒れ始める。事態は悪化の一途をたどり国力は衰退。比較的被害の少ない地域から被害の大きな地域へ食糧を支援するなどの方法でなんとか回復することはできたが、完全に元通りとなることはなかった。
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作品の紹介動画は「涼天ユウキ Studio EisenMond」または「作品紹介」をご覧ください。
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