創作コラボ企画「オトメ酔拳」スピンオフ

蜂蜜酒の精霊ベレヌス=メブミードの過去の物語です。

 

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 長い時を経て再び訪れたバイルン公国は、どこか重苦しく暗い空気に包まれていた。通りに人影はなく、家々の窓は何かを恐れているかのように固く閉ざされている。街道を歩いていると、風に乗って微かな死臭が漂ってきた——薄暗い路地の奥にある小さな家がその匂いの元のようだ。

 その家は、窓を固く閉じて物音一つ立てないところは周囲の家と同じであったが、扉に黒いタールで病魔封じの文様が描かれている点だけが違った。あたりを見回してみると、同様の文様が描かれた家がところどころに見受けられる——それは、恐ろしい病が人々の命を刈り取っていることを示す烙印のようなものであることをメブミードは知っている。

「お待ちください。そこのお方」

 微かな声にメブミードが立ち止まると、今にも消え入りそうな女の声が「こちらです」と再び呼びかけた。声の主を探して視線を巡らせると、病魔封じの文様が描かれた家の窓が微かに開き、その隙間から青ざめた顔の女がのぞいているのが見えた。

「やはり……あなたは以前ここにいらっしゃったドルイド様ですね?」

「私をご存じなのですか?」

「はい。あなたは憶えていないと思いますが、私はあなたにお会いしたことがあります」

 女はそういうと苦しそうに咳き込む。顔には小さな豆粒をまいたような発疹があり、口元を覆った手にも同様の発疹があった。メブミードはこれまでに何度か同様の症状の病気を見たことがある。痘瘡と呼ばれる病気だ。

「どうかこちらには来ないでください。この病はうつります。それに、私はあなたに姿を見られたくないのです」

 彼女に歩み寄ろうとしていたメブミードは足を止める——感染を恐れたのではなく、病によって醜く変わってしまった自分を見られたくないという彼女の心中を慮ってのことだった。

「どうかお願いします。陛下をお救いください。陛下は自ら先頭に立って私たちを支援してくださいました。しかし、それが原因でこの病にかかってしまったのです。どうか……」

「バイルン公が……では、ギネヴィ様は?」

「妃殿下はご無事です。ただ、間もなくご出産を迎える身であらせられます。きっと心細い思いをしていらっしゃるかと……」

 ギネヴィが無事であることを知って安堵するとともに、もう少し早く戻っていればという後悔がよぎる。メブミードは病気を治癒する能力を備えてはいなかったが、病気に侵されることのない身であるため、バイルン公に変わって人々に手を差し伸べることもできたであろう。そうすればバイルン公を病から守ることができたし、身重なギネヴィに不安を抱かせることもなかった。

「わかりました。あなたに感謝します。あなたに何かできることはありますか?」

「いいえ。私はもう何も必要ありません。夫も子も亡くし、生きる気力もありません。どうか、私のことはお気になさらず、陛下の元へ行ってください」

 そういうと女は声も立てずに泣いた。頬を伝って落ちた涙は腕に抱いた小さな子供の顔を濡らす。息を引き取ってから数日たっているらしい子供の体はすでに朽ち始め、生前の愛らしい姿はすでに失われていた。しかし、彼女にとってはそれでも愛しい我が子であった。

「あなたがこの国にいたころ、私はまだ子供で、父も母も元気で本当に幸せでした。大好きな姉が結婚した時、あなたが祝福を授けてくださったんです。あなたを見て、あの頃の幸せだった気持ちを思い出しました。ありがとございます」

「そんな……私は何も……」

「あなたがただ変わらぬ姿でいてくれた。私にはそれだけで十分な救いになりました……。もう行ってください。さようなら」

 そういうと彼女は、あらゆるものを断ち切ろうとするかのように窓を閉じる——メブミードはしばしの間そこに留まり、彼女に感謝の祈りを捧げるととともに、彼女に残された時間が苦しみの少ないものであるよう願った。

 

 

 

 

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