創作コラボ企画「オトメ酔拳」スピンオフ
蜂蜜酒の精霊ベレヌス=メブミードの過去の物語です。
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バイルン公とギネヴィの二度目の婚姻の儀は城内の庭園でささやかに行われた。メブミードは二人を祝福し、その幸福と安寧、公国の平和と繁栄を祈ってロサの苗を植える——純白の花弁を持つ美しい花が、ここを去る自分に代わって二人を見守ってくれるように。
全ての民に蜂蜜酒が振る舞われ、人々は甘い歓喜に酔いしれながら歌い、踊り、輝く未来に想いを馳せる。メブミードは歓喜の声に耳を傾けながら目を閉じ、ギネヴィと出会った日からこれまでの記憶を一つずつ確認するように思い返した。
最初はただ、不安に震えながらも気丈に振る舞う花嫁に同情し、わずかな期間だけでも心の慰めになれればと思って彼女とともにいることを選んだ。だが、共に過ごすうちに彼女が自分だけに向ける笑顔がたまらなく愛しくなり、それをいつまでも見ていたいという気持ちが沸いた。共に過ごすことで心を慰められたのは、一体どちらだったのだろう。
願わくば、このままずっとここにいたい。だが、彼女の中に自分を慕う気持ちがほんのわずかでもあるのならば、彼女の幸せのためにも自分は身を引かねばならないだろう。人ならざる者が人同士の繋がりを阻害してはならないのだから。
その夜、メブミードは輿入れから三年越しの初夜を迎える夫婦を見送った後、静かにバイルン公国から立ち去った。人々の中に記憶だけを残し、それ以外のものは一切残さず、ベレヌス=メブミードと名乗る金髪のドルイドなど最初から存在しなかったかのように。
バイルン公国を後にした彼は海を渡って大陸に渡り、果てしなく続く砂の大地や万年雪に閉ざされた山の奥深くを歩いて旅した。その先々でさまざまな人間に出会い、望まれれば惜しみなく祝福を与える——一所に留まらなければ不運が自分に追いつくことはなく、人間たちを苦しめずに済むと考えていた彼は、旅を続けることで強い安心を抱くことができた。
しかし、不運や災いというものは彼の後ろを追いかけているわけではない。彼の思惑など関係なく、おびただしい血で濡れた大地や焼き尽くされた家々、うず高く積もった死体といった悲惨な光景を携えて目の前に突然現れるのだ。
彼はいくつもの死体の横を歩き、いくつもの廃墟の中を進むうち、それらは自分が背負っている呪いのせいなどではなく、時代や文化が進むにつれて深まっていく人間の欲や業が生み出しているのだと理解した。
いや、正確には“認めた”というべきだろう。彼はずいぶん昔から人間の獣性ともいうべき残酷さを知っていながらも、それを事実として受け入れることができなかったのだ。彼は呪いなど何一つ背負っていない。もし呪いを背負っているとしたら、いつ終わるとも知れない生の中で悲劇を見続けなければならないという呪いだろう。
人間の醜さや愚かさ、繰り返す悲しみを一人で受け止め続けられるほど、彼は強くはなかった。孤独になるために旅を始めたメブミードだったが、その旅はいつしか仲間を求める旅へと変わる。
古い岩や木には精霊が宿るという人間たちの言葉を頼りに各地を訪ね歩き、 いくつかの“精霊”と呼ばれる存在に出会った。しかし彼らは、自分と同様に悠久の時を生きる者であったものの意志も言葉も持たない純粋なエネルギー生命体であり、メブミードとは同じであって同じではなかった。
なぜ自分だけが人間のような意志を持ち、言葉を話すことができるのか。メブミードの疑問に答える者はどこにもいなかった。人間とも精霊とも異なる存在——この世にありながらこの世に受け入れられない、たった一人の孤独な客人。それがベレヌス=メブミードという存在だった。
東から流れてきた星が長い尾を引きながら西の空に消えていくのを見たメブミードがバイルン公国に戻ろうと思ったのは、そこで過ごした時間が彼にとってかけがえのないものだったからなのだろう。かの地を離れてからすでに三十年近い時が流れた今、何もかも様変わりしているかもしれないが、あの国の空の美しさや人々の善良さが、たまらなく恋しかった。
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