創作コラボ企画「オトメ酔拳」スピンオフ

蜂蜜酒の精霊ベレヌス=メブミードの過去の物語です。

 

前→【小説】流浪のマレビト(8) - 婚姻4

 

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 ガウェイン公国から“ロサ”と呼ばれる花の苗が届いたのは、奇しくもバイルン公が帰国した日だった。夫を出迎えるために侍女や執事を伴って姿を現したギネヴィを認めたバイルン公は、安堵と喜びの笑顔を浮かべると、自らにつき従う侍従たちを手で制止し、一人だけ前に進んだ。ギネヴィもまた、一人で進み出る——。

「戻りました」

「よくぞご無事で……」

 バイルン公はギネヴィの足元に跪き、彼女の目を真っ直ぐに見つめながら静かに言い、彼女は顔を赤らめながら小さな声で答えた。薄く織られた赤い麻布のドレスを身につけた彼女は、金茶色の髪にサンザシの花を飾った飾りをつけ、眩いほど美しい。

「ギネヴィ。あなたがここに嫁ぐことが決まった日、亡き妻への想いも癒えぬままだった私は、あなたの存在をとても疎ましく忌々しいと思いました。領民たちがあなたの輿入れを祝う姿を見ながら、あなたが来なければいいと思ったくらいです。しかし、あなたを初めて見た時、あなたを疎ましいと思う気持ちは消え去りました。あなたは妻として迎えるにはまだ早い少女で、ひどく怯えていたからです」

 バイルン公はそこまで一息に言うと、一度大きく息をつき、再び話し始める。

「私はあなたを不憫に思いました。この婚姻で傷つけられているのは私だけではなく、あなたもまた同様に傷つけられているのだと気づいたのです。ですから私は、あなたを決して不幸にしてはいけない、あなたを幸せにしようと心に決めました」

 バイルン公はギネヴィの手をそっと取ると、小さく儚いものを愛でるように優しく撫で、そして、それを決して離すまいというかのように握りしめた。

 

「私はあなたの良き友人になろうと思いました。亡き妻への想いが強く、あなたを女性として愛することはできないだろうと思ったからです。しかし私は、あなたの声や笑顔に触れるたび心が癒され、次第に惹かれていきました。過去への想いを断ち切り、自分の気持ちに正直になろうと決意するまで三年かかりました。その間、いらぬ苦労をかけてしまったと思います。どうか私を許してください。そして、改めてこの言葉を言わせてください。ギネヴィ、私の妻になってくれませんか?」

 バイルン公の言葉に周囲が息を飲む。バイルン公の後ろにつき従う男たちやギネヴィの後ろに控える侍女はもちろん、風や鳥までもが息を潜めているかのような静寂と緊張感があたりを支配する——メブミードはただ静かに祈るような心境で見つめ合う二人の男女を見守っていた。

「私は……」

 わずかにかすれる声でギネヴィはそういうと、次の言葉を探すようにしばし沈黙し、やがて決心したかのようにゆっくりと答える——。

「私はあなたの妻です。これまでも、そして、これからも」

 言葉のすべてが終わった瞬間、周囲から歓声が上がった。バイルン公は立ち上がってギネヴィを強く抱きしめ、ギネヴィは安心した表情でその胸に身を任せている。メブミードはそっと胸を撫で下ろすと、これを機にここを立ち去ろうと考えた。

 

「皆の者、これより二度目の婚姻の儀を行う。儀式は内々で行い祝宴は上げる必要はないが、蔵を開けて領民に祝いの蜂蜜酒を振る舞え。それから、メブミード殿、どうかこちらへ」

 侍従たちが慌ただしく動き出す。バイルン公に呼ばれたメブミードは静かに進み出ると、抱きしめ合う二人の前に立ち、最大限の敬意と祝福を込めて一礼する。

「メブミード殿、どうか私たちの婚姻の儀を取り仕切ってもらえないだろうか」

「身に余る光栄です。しかし、本当に私でよいのですか?」

「何の問題がある? そなたはこれまで、数多くの祝福を与えてきたではないか」

 バイルン公の言うとおりだった。確かにメブミードはこれまでに数多くの男女に祝福を与えてきた。扱いとしては“客人”であったが、三年にわたって祭祀を執り行ってきた現在は、半ば公式の司祭のようなものだ。断る方がおかしいというものだろう。

 メブミードにとって気がかりなのは、これ以上彼らに関わることで不幸を招いてしまうのではないかということだ。ただでさえ「長くいすぎた」という思いがある彼にとって、この申し出は嬉しさと不安が入り混じる複雑な依頼だった。

「実は、そろそろ旅立とうと思っていたところなのです。“去る者”が婚姻の儀を取り持つのは不吉なのではないかと」

「そのようなこと、私は一向に気にしないぞ。無理にとは言わぬ。だがどうか頼む」

「私からもお願いします」

 バイルン公に続いてギネヴィが言った。ペリドットを思わせる美しい瞳には力強い光が宿り、その心中をなによりも雄弁に語っている——彼女は、メブミードの手によって送り出されることで過去の想いを断ち切り、前に進むことを望んでいた。

 過去に別れを告げ新たな道を歩もうとする者がいれば、その道が幸福に満たされるよう祈るのが記憶の中に残される者にできるせめてもの餞だ。それが人間と人あらざる者であれば、なおのこと明確な決別が必要だろう。

 メブミードは彼女の決意に最大限の賛辞を贈る気持ちで恭しく一礼し、静かに答えた——「謹んでお引き受けいたします」

 

 

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