創作コラボ企画「オトメ酔拳」スピンオフ

蜂蜜酒の精霊ベレヌス=メブミードの過去の物語です。

 

前→【小説】流浪のマレビト(7) - 婚姻3

 

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 バイルン公が誰も管理しない庭をそのままにしていたのは亡くなった先妻に対する未練が残っていたからだった。これは、ギネヴィを妻に迎え入れておきながら一度も閨に呼んでいない理由の一つでもある。

「メブミード、お父様に手紙を書いて欲しいの。領地の南の方に咲いている白い花を植えたいから苗を持ってきてくれ、枝にトゲがある白い花だといえばエドゥアルドならわかるはずだって。ね、お願い」

「わかりました。ところで、陛下の手紙は最後まで読みましたか?」

「読んでないわ。難しいんだもん。読んでくれる?」

「だめです。どうか、ご自分で」

 ギネヴィがまだ読んでいない部分——手紙の後半部分にはバイルン公が庭の管理権を譲る気になった理由が綴られている。ギネヴィは不服そうな表情を浮かべた後、眉間にしわを寄せながらゆっくりと手紙を読み始めた。読み進めるうちに頬が紅潮し、手が細かく震えはじめる。

 

「……メブミード、これって」

 困惑と喜びが入り混じった表情でギネヴィが言うと、メブミードは無言でうなずく。その部分を読み上げることをせず、あえてギネヴィに読ませることを選んだのは、そこに綴られた熱い“恋心”を口にする権利は自分にはないと判断したからだった。

「どうしよう。私、考えたこともなかったわ。歳も離れているし、あの人は前の奥様のことをずっと想ってらっしゃったから……」

「ギネヴィ様は陛下の事が嫌いですか?」

「そんなことないわ。あの人は素敵な方よ。教養があって優しくて、私のことをとても大切にしてくれて、すごく好きよ。でも、あの人が私のことを愛するなんて考えたことがなかったの。ねえ、どうしたらいい? 私、どうしたらいいかわからない」

 婚姻の経緯や心理的な背景を考えれば無理からぬことだろう。実際、バイルン公はギネヴィに対して恋愛感情を見せたことはなく、ギネヴィもまた同様だった。

 ただギネヴィの場合、バイルン公に対する恋愛感情がないわけではなく、そのような気持ちを抱かないよう、表に表さないよう心掛けていたといったほうが正しい。自分に親愛の情は示しても女性として愛することはないだろう相手に焦がれるほど悲しいことはなく、またその想いを示すことがバイルン公にとって重荷になるだろうと思っていたからだ。

「陛下は、ギネヴィ様の気持ちが定まるまで待つ、あなたがどのような選択をしてもそれを尊重し、それに従うとおっしゃっています。あなたはただ、自分の中にある本当の答えを見つけ、それを伝えるだけでよいのです」

「メブミードは本当にそれでいいと思うの?」

「はい。ギネヴィ様が陛下をどう思っているか。それだけが大切だと思います」

 ギネヴィはバイルン公への想いを制限する必要がないのだと安堵すると同時に心が痛むのを感じる——抑圧されたバイルン公への恋慕の情は、その行先を美しいドルイドに求めた。それはごく淡い感情であったため、ギネヴィは今になってようやく、自分がメブミードに淡い恋心を抱いていたことに気づいたのだった。

「わかったわ。そうよね」

 花の香りを含んだ風が吹く。どこからか飛んできた一枚の枯草がメブミードの髪に絡みつき、ギネヴィは小さくため息をつくとそれを指で摘まみ取った。

「あなたは知っていたの?」

「何の事でしょう?」

 ギネヴィが問いかけるとメブミード静かに微笑んで言う。彼はどんな質問にも答えてくれたが、自分の事だけは決して話そうとはしなかった。この返答は、質問の意図をわかっていないために聞き返しているのか、全てわかっていながら答えをはぐらかしているのか判断が難しい。

「メブミード、あなたって意地悪ね」

ギネヴィは枯草をメブミードの手に押し付けながらそういうと、スカートを翻して踵を返し、さっそうと歩き去って行った。侍女たちつき従えて歩く姿は成熟した女性らしい美しさと威厳に満ちており、ほんの少し前まで垣間見えた子供っぽさは消えてしまったかのようになりを潜めていた。

 その姿が見えなくなるまで見送ったメブミードは、手に押し付けられた枯草をそっと風に乗せる——彼女の未来を暗示するかのように高く舞い上がったそれは、しばしの間頭上に留まっていたかと思うと、柔らかい光に満たされた青い空の彼方に消えていった。

 

 

 

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