創作コラボ企画「オトメ酔拳」スピンオフ

蜂蜜酒の精霊ベレヌス=メブミードの過去の物語です。

 

前→【小説】流浪のマレビト(6) - 婚姻2

 

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「……ねえ、メブミード。あなたに聞くのも変だけど、夫婦にとってその……それって大事なことなのかな?」

 しばしの沈黙の後、ギネヴィは言い出しにくいことを切り出すような口調で問いかける——彼女は、バイルン公はもちろん、執事や侍女といった使用人とも良好な関係を築いていたが、自らの心中を明かせるのはメブミード一人であった。ただ、いくら心を許せるといっても、内容的に話しづらいこともある。

「……あくまで想像の域を過ぎませんが、大切ではあるけれど、必要とは限らないといったところだと思います」

「どういうこと?」

「まず、契りを交わさねば子はできません。ですから、子孫を残すために婚姻を結んだ夫婦にとっては大切で必要なことです。しかし、人間は子を為すためだけに愛し合うわけではありません。そのような場合、愛を確かめたり結びつきを強めたりするために契りを交わすことがありますが、契りを交わさずとも愛を確認することはできます。ですから、大切ではあるけれど必要とは限らないのです」

「なんだか複雑なのね」

「人間は複雑です。そのおかげで、いくら見ていても飽きません」

その言葉を聞いたギネヴィは、愉快な話を聞いた子供のようにくすくすと笑った。

「私、何か変なことを言いましたか?」

「変よ。その言い方だと、まるで人間じゃないみたいだわ」

「……そうですね」

 メブミードの胸が微かに痛む。自分が人間でないと知ったら彼女はどんな顔をするだろう。多くの悲しみと不幸を引き連れてさまよう呪われたものであると知ればどう思うであろう。人の姿をした化け物だと罵るだろうか。真実を知らされなかったことを怒り、親愛の情を抱いたことを恥じ、自身が穢されたと感じて泣くのだろうか。

やはり、出来るだけ早くここを立ち去らなくてはならない。彼女に知られてしまう前に。災いが彼女に降りかかる前に。

 

「ねぇ、契りを交わすのってどんな感じなのかしら?」

「……はい?」

「だから、その……“その時”って、どんな感じなのかなって」

 婚姻を結んでそれなりの月日が経ち、子供を催促する手紙が何度も届いているが、バイルン公はまだ一度もギネヴィを閨に呼んでいなかった。つまり、バイルン公とギネヴィは夫婦ではあるが契りを交わしていないため、子供などできるはずがないのだ。

「それを私に聞くのですか?」

「あ、そっか、メブミードはドルイドだもんね」

 人間ではないメブミードが人間と契りを交わしたことがないのは、ある意味当然のことであった。行為自体が可能か不可能かで言えば可能ではあるが、彼は人間を愛しいと感じることはあっても恋愛感情を抱いたことがなく、肉体的な欲望を抱いたこともない。

 そんな事情など全く知る由もないギネヴィは、彼が異性と契ったことがないのはドルイドだからだと解釈した。神の代行者として祭祀を執り行うドルイドとなるには、純潔であることが条件だからだ。

「愛し合う者同士の契りは、二つの魂が一つに、二つの肉体が一つに溶け合うような甘美で心地よいものだと聞いています。求めあうごとに愛が深まり、頂点に達するときはえも言われぬ幸福感に満たされるそうです」

 これまでに幾度となく祝福を与えてきた若い男女の多くは、初夜の契りから時と回数を追うごとに愛と快楽を深めていった。契りを交わした後、歓喜の涙を流す男女もいた。愛し合う者同士にとって、契りを交わすことで得られる陶酔は、蜂蜜酒がもたらすそれよりもずっと深く甘美なのだろう。

 肉体的な交わりのすべてが愛に基づくものではないということはもちろん知っている。人間は快楽のためだけ、子孫を残すためだけに交わることもある。ときには、一方的な欲望を満たすため、尊厳を踏みにじるための暴力的手段として行われることもある。だが、そのような話はしたくなかった。彼女には、そのような出来事を知らずにいて欲しいからだ。

 

「……なんだか恥ずかしくなってきたわ。もう一つの手紙を読んでちょうだい」

 ギネヴィは顔を赤くしてメブミードから視線を逸らせると、次の手紙を読むよう催促した。質問にはできるだけ答えたいという思いから返答したが、するべきではなかったかもしれないと考えながら、メブミードはバイルン公からの手紙を開く。

「ダネルでの視察は無事終わり、細々とした処理が終わったらすぐ帰途に着くと書いてあります。この手紙が届くまで三日ほどかかっていますので、今頃はこちらに向かっている最中かもしれませんね。あと、庭の手入れを自由にやってもよいとのことです」

「庭を自由にしていいですって?」

「ええ、そう書いてあります」

 ギネヴィはメブミードから手紙を受け取り、小さな声で読み上げながら文字をゆっくりたどり始める——全体の半分ほど読んだところで視線をあげ、満面の笑みを浮かべた。

「嬉しい! どんな庭にするか早速考えなくちゃ!」

「ギネヴィ様は以前から庭のことを気にかけていましたからね」

 メブミードはそういうと静かに辺りを見回す。この庭はもともと、バイルン公が先妻のために作ったもので、以前は色とりどりの花が咲いていたらしい。しかし、先妻が病で亡くなって以降は誰も管理するものがなく、一本のイチイの木を残してすべて枯れてしまったのだ。

 

 

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