創作コラボ企画「オトメ酔拳」スピンオフ
蜂蜜酒の精霊ベレヌス=メブミードの過去の物語です。
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「メブミード、いる?」
手に二通の手紙を握ったギネヴィがメブミードの名を呼びながら庭を歩き、困ったような表情を浮かべた二人の侍女がその後を追う。三年間で身長が大きく伸び、表情も体つき大人びてきた彼女だったが、言動にはまだ子供っぽさが残っている——というより、メブミードと出会った頃の方が大人びていたかもしれない。
ただ、あの頃の大人びた立ち振る舞いは、ある種の使命感や恐れから作り出された偽りの姿であり、不自然なものであった。現在の姿こそ本来の彼女の姿であり、彼女らしい立ち振る舞いなのであろう。
「ギネヴィ様、そのように大きな声を出されてはなりません!」
「そうです、陛下以外の男性を大声で呼ばわるなど……妙な噂が立ってしまいます!」
侍女たちは口々に苦言を呈するが、ギネヴィは一向に気にする様子もなくメブミードを探し歩き、イチイの木を見上げる彼の姿を認めると、長いスカートの裾をつかんで走り出した。
「おや、ギネヴィさ……まっ!」
勢いをつけて胸の中に飛び込んできたギネヴィを受け止めきれずメブミードは弾き飛ばされるように仰向けに倒れる。背中をしたたかに打ったうえ、一緒に倒れ込んだギネヴィの体が胸の上にずしりと乗り、思わず苦痛の声が漏れた。
「ごめんなさい! 勢いあまってつい……」
「お気になさらず、お怪我はありませんか?」
「ええ、大丈夫。あのね、この手紙を読んでほしいの」
「わかりました。一先ず降りてください、侍女たちが青ざめていますよ」
たとえ相手が純潔のドルイドであろうと、成人を迎えた女性が公然と異性に飛びつくなどあってはならないことだ。まして、正式な婚姻を結んだ夫がいるのだから、最悪の場合、不義の罪で裁きを受けかねない。
「あなたは少し、立場というもの重要性を学ぶ必要があります。あと、文字も」
「文字は読めるわ。ただ、読むのが苦手なだけ」
人類が文字というものを発明してかなりの時間が経っていたが、一般庶民の多くはそれを読むことも書くこともできなかった。また、貴族や王族であっても女性は文字を学ばないことが多く、読み書きできるのはせいぜい名前程度ということが珍しくない。そんな中、ギネヴィはある程度の読み書きができた。バイルン公に嫁ぐ前に教育を受けたのだという。
「一つはガウェイン公から、もう一つは視察に行かれている陛下からですね。どちらから先に読みますか?」
バイルン公が所有する領地は広く一人では管理が難しいため、離れた地域には代官を立てて管理を任せている。代官はいずれも強い信頼関係で結ばれた忠臣であったが、バイルン公は全てを彼ら任せにはせず定期的に各地を視察して回った。現在は東端にあるダネルという街にいる。
「お父様からの手紙は……読まなくても想像がつくけど、そちらから読んでちょうだい」
メブミードは小さくため息をつくとガウェイン公からの手紙を開く——子供を身籠ったかどうかの確認と、まだであれば早く作れという催促の手紙であった。
「いつもと同じです。読み上げますか?」
これまでに何度も手紙の代読を頼まれたメブミードは、ギネヴィが再三にわたって同じ要求を受けていることを知っている。手紙の文面はいつも違うが基本的な内容は同じで、ときには夫婦生活の指南まで書かれていた。その内容は露悪的であることが多いため、読み上げるときは意図的に飛ばすことすらある。
「読まなくてもいい。返事を書くのも面倒だわ」
「そうでしょうね」
メブミードはガウェイン公の手紙を手早く巻き上げると、ギネヴィに手渡さず外套の中にそっと仕舞った。彼は、彼女に読ませるには酷な内容が書かれているときは必ずそうしていたし、彼女も彼がそうすることを認めていた。
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