創作コラボ企画「オトメ酔拳」スピンオフ

蜂蜜酒の精霊ベレヌス=メブミードの過去の物語です。

 

前→【小説】流浪のマレビト(4) - 出会い3

 

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 バイルン公には二年前まで一人の妻がいた。身分違いではあったが幼いころから互いに惹かれあい、一時は周囲と対立してまで婚姻を結ぶほど深く愛し合っていたという。しかし、その妻は流行り病にかかって二年前に他界し、以来バイルン公は独り身であった。

バイルン公には子がなかったため出来るだけ早く後妻を迎える必要があったが、愛する人を失ったことで心に深い傷を負った彼は次の妻を娶ろうとはしなかった。

そこに目をつけたのがギネヴィの父、ガウェイン公である。軍事力を持つガウェイン公国が異民族の侵略を防衛するかわりに、バイルン公国は穀物や織物を提供するという同盟関係にある両国であったが、その関係は対等ではなく、ガウェイン公国の方が優位な立場にあった。バイルン公国はガウェイン公国の「提案」を拒否できる立場にはない。バイルン公とギネヴィの婚姻は、半ば強制的に取り決められたものだった。

子がないバイルン公とギネヴィの婚姻を結んでしまえば、跡継ぎができてもできなくてもバイルン公の死後は実質ガウェイン公国の領地となる。典型的な政略結婚だ。そこには愛など一切なく、あるのはガウェイン公の私欲と、道具として使われる娘の悲しみだけだった。

そのような経緯で結ばれた婚姻の未来は得てして暗く悲惨なものである。両国の関係上、虐待的な扱いを受ける心配は少ないが、冷遇されても不思議ではない。形式上成人として扱われているとはいえギネヴィはまだ「子供」と呼ぶにふさわしい年齢でバイルン公とは十五も年が離れている。

加えて、バイルン公は先妻への想いを断ち切れておらず、後妻を迎える気など露ほどなかったのだから、二人の間に人間的な交流や愛情のやり取りが生まれることを期待する方が無理というものだろう。

ギネヴィは自身の未来が暗いものになるであろうと考えていた。だが、その未来を拒否する力も逃げ出す権利も持ち合わせてはおらず、ただ王族として生まれた運命として受け入れるしかなかった。心の中の不安や怯えを悟られないよう虚勢を張ることが、彼女にできる唯一の抵抗であった。

しかし、その抵抗が無用のものであると彼女が知るまでに多くの時間はかからなかった。バイルン公はギネヴィを決して冷遇しようとはせず、彼女を快く迎え入れて年の離れた友人や妹のように扱った。もし、ギネヴィがバイルン公に夫としての愛を求めていたならば、この関係は彼女にとって辛く悲しい物であっただろう。しかし、恋をすることをようやく覚え始める年齢の彼女には、夫としての愛情よりもバイルン公が示した友愛の方が適切であり、その関係は安心と幸福に満たされたものとなった。

メブミードもまた客人として快く迎えられ、城内の外れにある小さな祠を住居として与えられた。亡くなった先妻のために祈りを捧げ、ギネヴィやバイルン公の話し相手になり、領内で婚礼や祝祭があれば祝福を与える。旅に出る前と同じ安らかな日々が続いた。

ただ、メブミードの胸の奥には言いようのない不安が常に暗雲のように広がり、毎日が穏やかで幸福であるほど“自分はここにいるべきではない”という思いが強まっていく。自分という呪われた存在が不幸を呼び寄せないうちに、早くここを立ち去らねば——そう思っているうちに三年が過ぎた。

 

 

 

次→【小説】流浪のマレビト(6) - 婚姻2

 

 

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