拘置所に到着しますと




先ず1階の体育館のような天井の高い広大な広場に集められ、





最初にどう処遇するかの分類が行われますが、





これが非常に独特というか、





無目的に集まってきた集団を






手際よくさばくにはこうするのか、





驚くような手法が取られていました。





毎朝、




数多くの被告人たちが関東各地の留置場から集まってきますから、




ベルトコンベアーのように次々にこなさないと、




すぐに後がつかえてしまいます。




まず護送車から降ろされた2030人の被告たちは初犯者・再犯者区別なく




他の警察署から来た連中と一緒に、




半円形のドームのような場所に集められ、




壁に洽って設置された狭い電話ボックスのような個室に入り、




自分の番号が呼ばれるまで待ちます。

 



この個室は通称「びっくり箱」と呼ばれており、




窓がなく被告同士が話をしないように隔離しておく目的で、




医務や面会の待合室にも設置されています。





電話ボックスを狭くして大人一人が入ればもういっぱいくらいの空間で、




そこに作られた木の腰掛けに呼び出されるまで延々と座らされるのですからたまりません。




じっと待っていると、




これから自分はどうなるのか、




いよいよとんでもないところへ来てしまった、




などと不安ばかりが増大していきます。





       



これは逮捕された理由や本人の素性、






留置場での素行・言動などから独居に入れるか雑居にするかを決める検査のようなもので、






刑務官が口頭で質問しそれに答える、





という形式と身体検査が行われます。






私が勾留されていた平成19年の段階で、






東拘における収容棟の工事はもう完成していましたが、






裁判所への行き帰りに眺めた感じでは、





まだ周囲の工事が継続している様子でした。






これからのブログは東京拘置所での記録ですので、






施設概要が他とは若干異なるかもしれませんが、





やり方はどこも似たようなものと思われます。







さて、




関係した刑事や警察官たち約20~30人が署の玄関に勢揃いするという盛大な(?)見送りを得てM署を出発した私は、






他の警察署から集まってきた被告人たちと一緒に地検で護送車に乗り、





小菅の東京拘置所に到着しました。






みんな手錠をはめられた両手に着替えや書籍などの詰まったバッグや紙袋を下げており、






これから始まる「分類」を待ちます。