想像していたとはいえ気がつけば10月と、時の流れは驚くほど早い。
認めたくはないが、齢のせいでそう感じるのかもしれない。
世間で騒がれたシルバーウィークとらやも、私にとってはゴールデンであろうがシルバーであろうが一切関係なく、いつも通りの生活で29日からは恵比寿で行われた合同展示会PLUGIN accessに3日間出展と、息つく暇も無いほど忙しかった。
スケジュール的にタイトで無理な部分もあったが、3日間天候に恵まれない中、我がスタンドは全体の中でも大いに賑わっていた気がする。
私自身、1日の最終日はパリ行きのため展示会には不参加となったが、展示したブランドの魅力とスタッフの頑張り?で他とはひと味もふた味も、もしかするとそれ以上のまったく違うオリジナリティーがアピール出来て、成果はあったのかもしれない。
今宵、ここ数年日本人は単純明快なブランド志向に勤しみ、そしてリーマンショック後ラグジュアリーブランドの低迷が続くと、ファッション業界?は待ってましたとばかり大量生産のファストファッションばかりが話題に上っているが、まったく私が意識する方向性と違い、ファッションを語る参考にならないレベルで哀しい限りだ。
メディアがうたう通り真似すればオシャレになると勘違いしているのかもしれないが、現実はそんないに甘くない。
某新聞には、メンズにも今秋レギンスが流行る予感だとか、夏にも関わらず、今の若者はフェルトのハットを被るのがオシャレだとか、まったく持って閉口してしまう内容でホトホト呆れてしまうが、これが今の日本の現実。
レギンスたる言葉もいつ頃から誕生したのか?
私にはスパッツの方がピンと来るし、なじみ易い。
なぜ、そのオシャレ?に賛成しないかを自信を持って理由を述べておくと、日本人の体型と足の形とレングスの短さ、更に黄色人種の肌の色に毛むくじゃらの黒いすね毛でレギンスなどはかれたら、鳥肌が立つほど気持ち悪くて仕方ない。
しかし、日本人はそれが流行り( あくまでも一般レベルらしき )? だ知ると自分に似合う似合わないに関わらず、それをはくことでオシャレをしていると錯覚する。
若者が夏にフェルトのハットを被っているのは、本来のオシャレが基本ではなく、何も考えないで被っているだけで、季節感とか、コーディネイトなどまったく眼中にない、ごくごくどこにでもいる普通の若者のスタイルを、さも新たなオシャレだと平気で記事にするジャーナリスト?の資質を疑う。
私が危惧するのは、記事に書けば一般的なレベルでは、それを真に受ける人間がいるからである。
私はまったく知らなかったが、トラウザースの裾をロールアップして履くのが今秋流行っているらしいが、冗談も程々にお願いしたい。
誰が仕掛けた?ことかは知らないが、レギンスと同じで自分の体型や足の形を顧みず、平気でロールアップしても、決してオシャレになることはない。
大事なことは何の為にロールアップするかで、流行りらしいからの理由でロールアップしても、何の意味もなく、ロールアップして自分の姿を鏡に映し、本当にカッコいいかどうかだけである。
格好わるければ ( 似合わなければ )、しなければいい、着なければいい、持たなければいい。
そこが ( 似合っているか、似合っていないか ) 解らない人間が多すぎる。
私は流行り?らしいロールアップをもちろん実行していないし、する気もない。
結論はロールアップをしたことで、オシャレになることは100% あり得ない、単純明快センスが良いか悪いか、ただそれだけのことである。
最近のニュースでは、オープン前に店頭に何人ひとが並んだかが記事の中心で、さも並んだ人数がオシャレなブランドであるバロメーター的に取り扱われ、まったく持って下らなさすぎるし、それを真剣に意識して並んだ人数勝負をしている輩も多い。
新店舗オープンに大手がサクラを使って人を並ばせて、メディア利用や相乗効果を狙う行為は、以前から存在していた。
ここパリのオペラにYという日本のメーカーがショップをオープンして、800人が並んだと記事になっているが、並んでいる人たちの出立ちやセンスに付いては、何もふれていない。
ファッションを心底愛し、オシャレを自認している人は決して並ぶことはないはずだ。
cheers