ほぼ書き上げてから、
もしかしたらライブで聞いたら感じることが増えるかも知れない、と思って、わたしの初日(にして今ツアーはおそらくラスト、もっと行きたい、涙)の長野公演を待ってみた。
そうしたら、MC中に本人が「ライブをやってアルバムが完成する」と話していて、
なんだかリンクしてしまったなあと、ふっと笑ってしまった。
そしてライブ自体、ほんとうに、真摯に、アルバムを昇華させるものだった。
それぞれの曲が少しずつ繋がって繋がって、道のりを作っているようなアルバム。
それは曲がりくねっていたり、脇道に逸れていたり、すれ違ったり、気付いたら向かいにいたり、まっすぐじゃないけれど
すごく広い地図を見ているような。横に広いイメージ。
「これは、あそこと繋がっているのかな」「ここも!?ここもか!?」と勝手な憶測を楽しみながら、ああすごい、とため息がでた、この1ヶ月ちょっと。
タイアップ曲が多いせいもあって、
「ヒグチアイ」自身の曲を描いているというよりも、色々な人の人生を演じている気がしている。
彼女の企画「好きな人の好きな人」に通じる、どれも人間らしさがあって愛おしい人物だなあと思う。
紛れもなくだいじにしたい1枚になった、
ヒグチアイ「未成線上」全曲レビュー。
***
1.大航海
ものすごく風を感じるアルバムだなあと思っていたのだけど、この曲が全体を引っ張っているからだと思う。アルバムの船頭。瑞々しい音たちと、前のめりのリズムが空を切っていく。
《ちやほやされて出来たものは19で消えた》(「備忘録」)と、メジャーデビュー時に歌った。「大航海」に出てくる衝動、葛藤、羨望、焦燥、激情、情熱、といった言葉たちは、なんだか「その頃」の彼女をよく表しているようで、もちろん「備忘録」からもいつの間にか年月が経っていて、《今思えば逆境の反動で進んでた》《今じゃ否定もなけりゃ期待もない》の文章に、今は台風すらも彼女自身で起こさないといけない位置にいるんだと、ずいぶん遠くまできたんだなあと。
達成感、ではなくて流されてきてしまった、気付いたらここにいた、みたいな感覚を感じつつ、
オールを持って、ここから自分で船を漕ぎ出してゆく姿を想像した。
このアルバム自体が「大航海」そのものなんだと思う。
2.祈り
特別、わかりやすいというか、浸透しやすいことばが並んでいるなあと思うのだけれど、
聴けば聴くほど、1曲目の「大航海」と対であるように思えてならない。
先頭として引っ張る「大航海」と、後ろから守る「祈り」と。
《今思えば不自由が地図を作った》に対する《君と同じ地図をつくろう》、
《わたしのそばにいてよ》に対する《きみのそばにいたい》。
この曲の「君」は、過去の彼女自身なんじゃないか。そう解釈したら、《君だけを信じて 本当によかった》や《夢の続きを 共に描こう》の、これまでを回収する包容力に感服してしまう。
曲終わりにひらがなになる「きみ」は、きっと他者で、音楽で、今の彼女自身なんだろう。
ほんとうにちゃんと、年月が経っている。そしてそれを、ちゃんと愛おしく思えるメロディだ。
3.自販機の恋
ちょっと前に見ていたドラマで、すきなものを知ってもらおうとすることのほうが多いけど、嫌いなものを知ってもらったら生きやすくなった、と言っていた。
わりとこじらせている人たちのそのドラマ(大好物なのだけれど)に対して、《好きなの教えて》も《嫌いなの教えて》も含んでしまうこの曲は、あまりにも純粋で、こじらせていなくてまぶしい。
めちゃくちゃ斜に構えてしまうこちら側(誰までを含もうね)にとってまぶしすぎるけれども、結局それに憧れてしまうんだよなあ。
それを若さ、とはしたくなくて、これからもしっかり憧れていくと思う。
日常の陽のひかりを感じるような音に、きらりとした日々の始まりの予感を。
4.わがまま
実妹・けいちゃんのアレンジがポップでキャッチーで、それでいてバンド全体の「家族感」を感じる曲。円になって演奏しているさまが目に浮かぶ。
前の曲の《それでも手に触れたんだ もう離さないって決めた》が表なら、この曲の《ああ いっそ もう いっそ 誰かのものになってよ 手の届かないところに 行っちゃって》は裏面で、
このあまのじゃくさがかわいらしいのだけど、
この子はこのあまのじゃくさで、何度涙を流したのだろう。「自販機の恋」と「わがまま」の恋人関係を、短編小説として読んでいるよう。
あとこの「わがまま」と、ヒグチアイ楽曲の「ツンデレ」は兄弟だと思うんだよなあ。
5.最後にひとつ
《わたしはわたしのまま愛されたい それってわがままなことかなあ》と歌った「わがまま」に対し、《なんでもないなにものでもないわたしを受け入れてくれた》と歌うこの曲。
「何者」かになるには絶対的に他者の存在が必要なんだと思っていて、それは比較でもあるし刺激でもあるし反応でもあって、
「わたし」そのものでは産まれない、何かとの関わりを通して出来上がっていくものだというのがよくわかるラブソングの並び。
なんとなく、だけれど、アルバムの中ではこの曲がいちばんヒグチアイ節だなあと思ったりする。
《どうか おしあわせに》の、あっけらかんとした中のほんのりの冷たさ。
くるりと背を向けてやわらかな風の中髪をなびかせる情景。
それでも大きな愛情がそこにはいて、嫌いになれないことを知っている。
ちなみにわたしも、「なんであの人のことすきだったんだろう、忘れちゃったな」って屈託なく思うこと、今めちゃくちゃあるんだよなあ。
これぞ《思い出の果て》。
6.このホシよ
声とピアノ一本の真剣勝負。
この曲と、続く「恋の色」は“こい”のフレーズの音が高くて、
じんわり体温の高い並びだなあと思う。
《あなたに恋をしている その事実で 死ぬまで生きていけそうよ》と直後の《お願い このホシよ滅んで》の矛盾に、ほんのりとした優しい旋律から段々と激情をはらんでいくピアノの音に、胸をわしづかみにされる。だって絶対的に叶わない恋だとわかってしまうから。
想いが溢れて止まらないさま、気持ちが方々飛び散っていくさまが圧巻。
7.恋の色
2023年の大名曲。
レビューとしてはベストトラックの記事に書いてしまったので…
赤、銀、灰色といった色が、青に上書きされていくさまが、アルバムのジャケットそのものだなあと思っていた。
アルバムのこの位置にあることで、「このホシよ」の気持ちの受け皿になっているよう。
かつて「走馬灯」で感じた、急にぱたん、とどこか消えてしまうんじゃないか、みたいな危うさを知っているから(あの曲も【名前】が印象的に使われていたなあ)、
《わたし ホントはなんにも捨てたくない 恋も夢も全て》に、彼女の「ずっと」を感じて勝手にほっとしている。
何回聴いても、わたしはこの曲に恋をする。
8.誰でもない街
管楽器含めアンサンブルが妖しく美しい。
渦巻く胸の内が見え隠れする艶やかさが、このアルバム唯一の得体の知れなさを彩っている。
MVを見たから余計に、ミステリーの犯人の歌にも聞こえる不思議。
このあとの「この退屈な日々を」と真逆だけれど(それでいて同じfoxのアレンジというのがまた感心して唸ってしまう)、
《あなたはわたしを見つけるかしら》が恋なら《まだあなたを探したい》は愛だし、
(でも《わたしはあなたに見つかるかしら》は完全に見つかる気がなくてかっこいい)
《わたしは一つになれるのかしら》の女優感は《一つになりたい そういうんじゃなくて》の平凡へと成り変わる。
《曖昧な境目は生きづらい》の"らい"の音がこれまでにはなくジャジーで痺れる。
この曲に出てくる「酒」はウイスキーだけど、「大航海」の「酒」はビールだと思うんだよなあ。(お酒を飲まないわたしの妄想)
9.この退屈な日々を
「退屈な日々」と思ってはいけない気がしていた。そういう日々であるならば、自分でなんとかしなくちゃ、充実した日々にしなくちゃ、って思っていた。
《あきらめよう 似合わないものはある》
と自分に言っていいのはおそらく自分だけだし、
《明日にはなおってるご機嫌も ごめんねと言えないの 今日だけは》
みたいに張ってしまう意地もいなくなってくれないし、それがくだらないって言われるのもわかっているけど、やめられないし。
そんな葛藤を、ふわっと包み込んでくれる大きな曲。
何か正体がわからないことを突き止めるんじゃなくて、まあそういうのでもいいよね、って言ってくれる。こころを掬ってもらっている。
それでいて、ここまでの、「何者にかなりたかった」ラブソングたちが、いつかこう思える日がくるといい。
このアルバムの数々の愛の、終着点。
10.mmm
2020の秋。まだライブに行くなんて周りに言えない時。再開の1つ目が彼女のライブだった。
そんなこともあったね、って思い出せるようにしてくれる。
《わたしの人生をあげるから あなたの時間をちょうだいよ》なんて、全然交換にならないと思った。でもそのくらい、色々なものを擦り減らして楽曲たちを生み出していることを、勝手に想像して、勝手に心配して、勝手に応援している。ずっとそう。
この楽曲は、きみは、こんなに爆発力をもっていたんだね。
ほんとうのすがたをかたちにするのが、ヒグチアイ最強スリーピースだということも、「生」を感じさせる音づくりにもグッとくる。
この曲はどうしても、気持ちが先行する。
11.いってらっしゃい
ライブという場で今会えていて、《明日もあさってもずっと会いたい》と未来を願える「mmm」に対し、《もしも明日がくるのなら》と、もう二度と会えないことをはらんでいるこの曲と。
「生」と「死」が違う痛さでこんなに隣り合わせにいる潔さ。
明確にモチーフがある曲だけれど、少しだけ自分の亡き父を重ねてしまった。
もう治療が続けられなくて、緩和ケアにするか、自宅で療養するかお医者さんと相談したとき、「そりゃ家に帰りたいよ」とはっきり言ったこと。
父方の祖母の火葬のとき、棺桶にむかって「いってらっしゃい!」って言ってたこと。
記憶に残っている断片と、曲の言葉や音のかけらがふと重なることがある。
当時聞いてた、じゃなくても、後から鮮明に思い出させてくれること、あるんだなあ、という体験。そう、これは体験。
***
おわりに。
(ちょいとライブのネタバレあります)
アルバムを通してより一層すきになったのは「この退屈な日々を」なのだけど、
ライブで聞いたら最後のほう涙とまんなかった。
自分の隣の女の子は「大航海」で泣いていて、
(弾き語りアレンジもめちゃくちゃいいんだよ…)
前の人は「いってらっしゃい」のとき、ハンカチで頬を拭ってた。
それぞれが、それぞれに想いを馳せていて
ああライブの最適解だなあと思う空間だった。
それに、収録曲ぜんぶやる且つ順番を組み換えて別のストーリーをつくるところが
なんてかっこいいんだろうと思ったし、
「反応」のときも、その前もだったけど
最近の曲たちが鎮座するセットリストに
組み合わせるとしっくりくる前の曲、が丁寧に据えられていて、
こんなところまできたんだなあ、なんて思って。
記憶の引き出し。
どんな旅路を経てかえってくるんだろう。
たのしみにしていよう。