伊達と酔狂とRRJ!橋満克文(RRJグループ代表) -18ページ目

伊達と酔狂とRRJ!橋満克文(RRJグループ代表)

2004年に、株式会社アールアールジェイを起業して、サバイバルを続けてきました。
Still Run!まだ走る!まだ経営を続ける!
自分の経営者としての向き合い方について書かせていただいております。

https://www.rrj.jp/

タイトルが過激なのでご心配おかけしてるかもですが、表現の一つとしてとらえて頂けますと幸いです。

情で経営判断してないよというのと、決断するときはサクッと無感情でしますという趣旨です。

あしからず。

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ひとそれぞれ考えがあるけど、僕は長く考えを持ち続けていることに対して常に疑問を持たないといけないと思っています。

 

なまじっか長い間、会社をやってるとそれが、さも当然であることを、自分の好き嫌いではないか?とか、世の中とずれてないかとか思わないと、既に自分の頭が腐り始めていると思います。

それで、自分の中に正義があると思い込んでいると、もう終わり。

誰も助言もしてくれず、成長のきっかけももらえず、他人は離れて行くと思います。

自分はそうはなりたくない。

 

考えは人それぞれであることが当然で、それは自分の正義とは同じではないし押し付けられるものではない。

だからひとそれぞれでいいのだと思います。

 

ただ、決める立場である僕は、その権限の範囲内で色々と決めて行くことが大事だと思いますので、僕は自分がリスクを負う立場として決めますし、最後は断言もします。

 

それはその立場にあるからで、後ろに多くのスタッフと家族がいるからです。

とはいえ、それはかなりレアな状況だと思います。

僕はこう思うのでこうしますとは、ほぼ言わない。

 

「俺がこう思う」と責任ある僕が言うと議論の余地なんてないからである。

 

僕はこう思うんですが?どうでしょうか?がせいぜいで。

 

特に新人さんの意見は大事で、新鮮で、当然である部分をちゃんと指摘してくれる。

変わるチャンスもくれる。

 

だから意見を言ってくれる新人さんに感謝したいし、僕は僕でその責任の範囲と権限の中で物事を決定する必要があると思う。

 

意見は頂くが決定するのはすべてのリスクを背負っている僕で、権限のない人の決定や断言は組織とかチームを腐らすハラスメントであると思います。

そうじゃないのであれば単なるマウントでしかない。

だからこそ、責任者である僕が決めるのである。

決めるのが仕事なのである。

 

なので、決める前までは、そういうことは絶対にせず、と思います。

ハラスメントというのはハラスメントをしている人はまったく無意識なものだと思います。

だからこそ、無意識な部分への指摘や考えは至言であると思います。

 

その至言をどの程度受け入れて、決めるのは権限があるから自分がするのである。

 

自分は常に試されているし、自分は常に客観視を求められる。

 

時に冷徹な判断を求められるし、冷徹になる自分もいます。

感情はほとんどないです。

なにせ、自分の個人的な部分というか、平たく言うと、ちゃんと心は死んでいるからです。

 

最近、うちのスタッフと話す時によく言います。

ちゃんと心は死んでいるから大丈夫だよ、と。

心が死んでいるからこそ、情に流されず冷たくもあるが決断も出来るのである。

多くのスタッフは安心してくれます。

 

 

相反するこの状況を自分でバランスを取りながら、進もうと思います。