千本九条にある羅城門遺址碑です。
平安京の正門として造られた羅城門。
平安京の南端である九条大路に面し、そこからは平安宮の正門朱雀門まで続く朱雀大路のが北に伸びていました。 当時の史料や絵図などから、二重層九間の瓦葺朱塗りの門で、東西に五段ずつの基壇があったことが分かっています。
弘仁7年(816年)、台風で倒壊。天元3年(980年)、暴風雨で大破してからは再建されず、荒廃。藤原道長が寛仁4年(1020年)に創建した法成寺の建造では羅城門の礎石が転用されたことが書かれてあり、この頃にはすでに原型をとどめていなかったそうです。
かつて羅城門の二層目に王城警護のために安置されたと伝えられる毘沙門天像だけが、羅生門倒壊後教王護国寺(東寺)に移され、現在も宝物館に所蔵されています。
平安京羅城門はかなり早い時期から礎石も散在していたとみられ、その遺構は現在までに発掘されていません。
昭和28年、この碑が建てられるに当たり、創建以来場所が変わっていないとされる東寺南大門を基準に平安京九条大路の場所を特定し、さらに朱雀大路の中心を測定して場所が決められたそうです。
羅城門遺址碑;京都市南区羅城門町

