家庭を安心安全基地にするために必要なのは

        「自分を知ること」

       「自分の心を育てること」               

  「望ましい関わり方を知ること・実践すること」
 
           クローバー  


   長男が高校生不登校を経て専門学校に通い出し、

   長女は専門学校を中退しフリーターになった今、

   私は1周して?!「自分を知ること」に再集中します!!

 

        不登校についての  
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私の好きなもの、

ホットサンド。

 

 

 

 

私が初めてホットサンドを食べたのは

高校生の時に友達の家に遊びに行った時。

 

 

ハムとチーズのとけ具合と熱々さが

美味しくて美味しくて!!

3回おかわりをしました(笑)

 

 

が、、、

その後その友達の家で遊ぶ事は

ありませんでした。

 

 

親の立場になってみると

そりゃぁ友達のお母さんは

引いたかもしれないなぁ、

とも想像できます(苦笑)アセアセ

 

 

事実はわかりませんが、

ホットサンドの美味しさを

教えてくれてありがとうございました♬

 

 

+++++

 

 

母が亡くなる約3週間前に

母と私と子供達で出かけました。

 

 

その日の母は今まで見たことがない程

顔色が悪く、具合が悪そうだった。

 

 

本人も珍しく「体調が悪い」と

言っていた。

 

 

なので

「近いうちに病院にいこう」と

私は母に言ったが、

子育ての忙しさを理由に先延ばし

結局連れて行けなかった、、、

 

 

私が後悔していたこと、

自分のせいだと責めていた

ひとつの出来事です。

 

 

+++

 

 

母を病院に連れて行かなかったのは

どうしてか?、を今振り返ってみる。

 

 

長男の不登校回復に取り組む中で

≪行動が本音≫の視点が増えた。

 

 

「母を病院に連れていかない」

この行動が当時の私の本音だったのだろう。

 

 

そしてもうひとつの視点は

≪行動の裏にある感情、気持ちに

目を向ける、想いを馳せる≫。

 

 

ひとつは、

「私がなんとかするべき」があり

解決策を口にしたが、

 

 

本音は

「自分で病院に行きなよ」

「私は(母の為に)動きたくない」

と突き放す意識が私にあったと思う。

 

 

もうひとつは、

今まで見たことがない顔色の悪い母を見て、

 

 

お母さんが病気だったら、死んじゃったら

怖い、不安だ、

 

 

このような感情、気持ちが自分の中に

わいてきたが、

 

 

以前の生き方の癖で

私は「近いうちに病院に行こう」

という言葉でその感情、気持ちに

蓋をしたのかもしれない。

 

 

母を病院に連れていくという行動は

その蓋を外すこと。

それらの感情、気持ちを自分で抱える事、

私はそれが怖くてできなかった。

しかもどうやるのかわからなかった。

 

 

母に会った時に感じた怖さや不安から

逃げた事を、ないものにした事を

私は実は後悔してきたのかもだ、、、

 

 

そして自分を優先したことが

罪悪感の元なのかも、、、

 

 

+++

 

 

自分を通す、守る、優先する=母を見捨てる

こんな公式が私の中にあるかも

と今回気づいた。

 

 

 

 

リボン同じ空の下生き辛さにもがきながら

生きてきたお仲間に届きますようにニコニコ