過去の系図を辿っていくと
兄弟とはいえ、
どちらが兄で、どちらが弟なのか
わからなくなることが多い
それは、その時代に
嫡男であるか、
庶子であるか、
母親の出身はどこか、
さては私生児なのかと
現代よりも、いろいろな事情が
含まれるからである
家系図にしても
自分達一族に対して残す
資料であるため
できるだけ、自分達の威光を
残したいという
考えも含まれるだろう
二代、三代と違えば
いくら身内でも知らない人
なのである
もしも、できるだけ真実を残したいと思うなら
信長の家臣で『信長公記』を残した
太田牛一のような存在がいいんじゃないだろうか
それでも、信長死後は
秀吉によって
改ざんされた箇所もあると言うから
時の権力には逆らえないのも確かだ
新聞記事でも取り上げたが
もしも、自分が男子で名を残すなら
父が11男で自分は上から二番目なので
与一次郎筆遊人
って言うのはどうかなぁ
俗っぽすぎるか(笑)
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