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喜久雄が見たかった景色とは何だったのか。

 

今後何をしたいかと問われ、景色が見たいと喜久雄は答えます。

その後、舞台で舞う喜久雄が客席を見た時の景色が、その景色だったのかなぁという終わり方。

無人の客席に雪か桜の花びらかが舞い散っているようなシーン。

 

父親が敵対する組から襲撃を受け亡くなってしまう所から物語が始まったのですが、その時に雪が降っていました。

その時の雪を何度も思い出すような描写があります。

父親が亡くなった時の景色をまた見たいだなんて思うかな?というのが率直なところ。

雪の降らない地域の珍しい降雪とは言え、どちらかと言えば雪がトラウマになっても不思議じゃないのに。

 

作品全体として、喜久雄は悪魔と取引してでも芸を追求し、他の全て(人も含む)を犠牲にしてきたという描かれ方だったように思います。

どうも、ここがピンときませんでした。

稽古に励み精進している様子は伝わりました。全てを犠牲にしていたんでしょう。でも他人を踏みにじるような事はあったっけ?

強いて言えば彰子ですね。

 

まだ駆け出しの頃、竹野という歌舞伎の興行を手掛ける会社の社員に「いくらやったとて、結局は血筋の世界」みたいな事を言われ、喜久雄が大激怒した事がありました。

芸に精進してる喜久雄の将来を憂いたのかもしれませんが、余計なお世話です。それでも一言言わずにはいられなかったのかなぁ。可哀そうに、いくらがんばってもダメなのにと。

歌舞伎界の重鎮の娘である彰子に手を出したのは、竹野の予言通りになっていた頃。

二代目という後ろ盾を失った喜久雄は、御曹司(俊坊)から半二郎という名跡を奪った奴という扱いを受け、干されます。

と同時に、任侠一家の生まれである事や背中に入れ墨がある事などを週刊誌に暴露され、ますます窮地に陥ります。

 

彰子が好きなのではなく、父親の後ろ盾目当てという、浅はかな思いを見透かされ、喜久雄はとうとう歌舞伎界を追われる事になりました。

地方巡業中も彰子は寄り添い、何だったら喜久雄を引っ張ってる風でした。笑顔は無いんですけど。

彰子に対する態度は他人を犠牲にしたと言えなくもない…映画では出てきませんでしたが、同じように利用し踏みにじった人が他にも居たのかもしれないなぁと。

 

この辺りが釈然とせず、最後の見たかった(かもしれない)景色を観ても、うーんと首を捻ってしまうラストだったんですよね。

主題はよく分からないけど、とにかく人間国宝になった!素晴らしかった!とは思います。でもそれでいいのかな。他の人の感動具合から察するに、どうも自分の感覚はおかしい気がして。

 

と言う事で、他の方の感想を読みヒントを探る。

まず、原作では父親を手にかけたのは、敵対する組の人間では無かったという事。

敵襲のどさくさの隙に、自組のナンバー2がやった事でした。

そしてそれを目撃したのは喜久雄だけだった。

犯人と喜久雄だけが知る真実です。

 

父親を手にかけた真犯人を知っていながら沈黙を貫いた喜久雄。

ナンバー2はその後、喜久雄の庇護をする事になります。

それを受け入れる喜久雄。

この段階で、かなり悪魔と取引してそうな雰囲気ですね。

悪魔の庇護でも自分は受ける、この時にそう決意したのかも。

 

ナンバー2が年老いて入院した際に、喜久雄が見舞います。

その時に、「実は」と己の罪を告白する。

喜久雄はその事は最初から知っていて、知らない振りをしてきた訳ですが、この時に映画で何度か観た「雪の舞い散る中、父親が襲撃される」シーンが脳裏に浮かんでいるという描写。

病室で父親を手にかけた相手の懺悔を聞きながら、雪が舞い散るのを思い出しているというのは、かなりドラマチックなシーン。

映画ではナンバー2のエピソード自体が消されてしまったので、残念ながら病室でのシーンはあるはずもなくですが。

 

父親が亡くなる日の雪だけならトラウマになるだけでは?という疑問でしたが、原作通りだともっと複雑になるのも頷ける。

病室で喜久雄の脳裏に浮かんだのはあの日の雪、「綺麗やったなぁ」と。

悪魔との取引をちっとも悔いていないのでしょう。

これなら大勢を犠牲にしてきたと言われても納得です。

 

気になっていたのが彰子のその後。

喜久雄が歌舞伎界に戻ってから全く姿を見ませんでしたが、終盤の公演シーン、ガラスの向こうに彰子が立っていたそうです。

自分はちっとも気が付きませんでした(二回目)。

歌舞伎界では妻が開演前にお客様にご挨拶をなさいますので、喜久雄とは別れず、その後もずっと傍に居たんですね。

原作では、喜久雄の歌舞伎界への復帰は彰子の尽力があった事が描かれているそうです。

パパに頭を下げ、使えるコネをフル活用したんだろうか。

彰子はそういう逞しさのある女性でした。

 

映画を観た限りでは、喜久雄は見たかった景色を見る事が出来たんじゃないかと思います。

原作は注文したので、いずれ読む予定ですが、読んでからもう一度劇場で鑑賞したい。でもそれだと間に合わない気がする…