小学校の時『スパイひみつ大作戦』(小学館入門百科シリーズ)という本を何度も読んだ記憶がある。
その中に載っていた一枚のコインから逮捕されたスパイの話が何故かお気に入りだった。
ブルックリンの新聞配達少年が、1枚の硬貨を見つめながら首をかしげていた。
どうもこのコイン、ちょっと軽い気がする。
試しに地面に落としてみると、ぱかっと2つに割れて中から出てきたのはマイクロフィルムだった。
その偽造のコイン型ケースが証拠となって、やがてFBIはソ連の大物スパイ、アベル大佐を逮捕する。
だが、なぜそんなものが、新聞配達の少年の手に渡ったのかは謎のままだ。
スピルバーグ監督の「ブリッジ・オブ・スパイ」を観て、この話を思い出したのは、冒頭にこのコインが登場するからだ。
1957年、米ソ冷戦時代。
ニューヨークで、自称画家の男がFBIにスパイ容疑で逮捕される。
彼の名前はルドルフ・アベル(実は本名ではない)。ソ連の大物スパイだ。
厳しい尋問にもまったく動じず、秘密を何一つ漏らさないアベルは、アメリカへの協力も断固拒否した。
裁判にかけられることになり、政府はニュルンベルク裁判では検察官を務め、今は腕利きの弁護士のドノヴァンに白羽の矢を立てる。
初めは乗り気でなかったドノヴァンだが、どんな人間にも公正な裁判を受ける権利があると考え、引き受ける。
アベルの人となりを知っていくうち、ドノヴァンは彼に尊敬の念を抱くようになってきたが、裁判はアベルを死刑にする方向に傾きかけていた。
ドノヴァンは必死で判事に掛け合い、もしアメリカ人がソ連に捕虜として捕まった時には、スパイ交換の切り札にできるとも説得、結局懲役30年の刑を勝ち取る。
そして五年後、それが現実となる。
ソ連上空を高高度でスパイ飛行していたU-2偵察機がソ連に撃墜され、パイロットのパワーズが捕虜となる。
時を同じくしてベルリンでは、交換留学生のプライヤーがスパイ容疑で逮捕される。
ドノヴァンは政府から非公式にパワーズとアベルの交換の交渉を依頼され、一路西ベルリンへ。
そこでプライヤーの話を聞いたドノヴァンは、パワーズだけに集中するよう要請するCIAの指示を無視して、2人同時に交換すべきだと主張、交渉を開始するため単身東ベルリンに入る。
だが、そこは鉄のカーテンの向こう側。
アメリカのサポートがいっさい受けられない状況で、ソ連と東ドイツの2国と渡り合うドノヴァンの孤独な闘いが始まる。
裁判中、ドノヴァンの家が襲撃されるなど、信じられない嫌がらせがあるが、冷戦時代のアメリカ人が、コミュニズムに対してどれほど嫌悪感と恐怖心を持っていたかがよくわかる。
まさに建設中のベルリンの壁が登場するが、このシーンもまたこの時代を表す象徴的な場面だった。
映画全体としては、アベルの裁判、U-2偵察機撃墜、留学生の逮捕、ベルリンでの捕虜交換という4つの事件が鮮やかに繋がり、よく練られた編集だと感じた。
また、ドノヴァンが初めて登場する際の何気ない台詞のやり取りまで伏線になっていて、重要な場面で生きてくる脚本も秀逸である。
前半の裁判もみどころだが、後半のベルリンでの交渉劇は、最後の最後まで緊迫感に満ちていて、とてもスリリングだった。
また、アベルとドノヴァンが最後に交わす会話で、アベルが本国でどう扱われるかが車に乗せられる瞬間わかってしまう。
その時のなんとも言えないドノヴァンの表情も見逃せない。
ちなみにこのドノヴァンという人、映画の宣伝のように普通の男では決してない。
この事件の後、カストロと一対一で渡り合い、長い年月をかけて、最終的にキューバから9700人の人々を救出した凄い人である。
まさにアベルが評した通り決してあきらめない不屈の男だった。
米ソの対立は、ベルリンの壁の崩壊とともに終わったが、今もまだ形を変えて様々な対立がある。
政治思想、人種、民族、文化、宗教等々自分達と異なるものへの不寛容を改めない限り、分断の世界は永遠に終わらない。